理想と真実 本
□第二十話
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ジムは地下深くにあるため、地上の雑音など一つも入ってはこない。先ほどまでいた審判も上へあがっていった。
今、この地下の冷たい空間にはレインとヤーコン、スイラしかいないのだ。静寂が覆う。
『…で、噂とはなんだ』
お前に勝ったオレは聞く権利があると言わんばかりにヤーコンを睨む。
「…青の魔物は、“人間じゃない”って噂だ」
スイラが隣でビクリと反応したのがわかった。当の本人は微動だにしない。
『この前の暴走を見ていた一般市民でもいたのか?』
「いや。あの場には市民などいなかった」
『じゃあなぜ噂が広まっている』
「オレが詳しく説明するよ」
『…なんでお前がここにいる』
ヤーコンの後ろから出てきたのは、ジョウトにいるはずのワタル。
『よほど暇なのかお前は』
「違うよ。…調べた結果が出たからね」
マントから取り出したそれなりに量がある書類。もうどこから出したのかなどという疑問はわかない。慣れは怖い。
「噂の派生場所はまだ特定できてないけど、広めているのは“奴ら”だよ。間違いない」
『やはりな。アイツらは動いてるのか?』
「君の言うアイツらが、それを施した奴で合ってるなら、まだ動いていないよ」
ワタルはレインの包帯が巻かれた左腕を指さす。
『ならいい』
「…ねぇ、“彼”はまだ出てこないのかい?」
『…出てこねぇっつーか、出してねぇ…だせねぇんだよ』
「怖いのかい」
『さあな。だが握ることはできても、投げることができねぇ。情けねぇよ』
魔物とまで言われたこのオレが、ポケモン一体ごときにこんなに気を使うとはな。
その言葉にワタルの眉がピクリと上に上がる。
「…今まで黙って来たけど、近頃君はよくポケモンをモノのように扱うな。それじゃぁ“組織”のやってることと同じだろ」
『そうお前が感じるのなら、オレはコイツらのことをモノとして認識してるのかもな。所詮オレは“作り物”だ』
「レイン!!」
珍しく声を荒げるワタル。それに肩をすぼめてみせる。
『実験の副作用で、オレに感情っつーモンがねぇことはわかってんだろ?』
「感情がない、だと?どういうことだ小娘」
『そのまんまの意味だ。お前らがオレに感情があると認識してたとしたら、それは仮初だ。
さっき言っただろ。オレのすべては“作り物”だ。人形に感情がないのと同じだ。違うのは…動いて話すことぐらいか』
「そうはいっても、少しはあるだろ!?だからこそ君は虐げられているポケモンを救っている!!」
『救っている?』
ハッ、と鼻で笑う。確かによくよく見れば彼女の赤い目には悲しみや怒りなどという感情は浮かんでいない。
ただ世界を映すだけの瞳がそこに存在するだけだ。何も読み取れない。
『ただ使えるから拾っているに過ぎない』
「君は!!君には感情があるからあの場で暴走した!!そうじゃないのかい!?」
『暴走すれば誰でも彼でも感情があるというのか?ちげぇな。オレの中にある感情はわたしのモノであってオレのモノじゃねぇ』
「…何が言いたい」
『オレのモンじゃねぇって言ってんだよ。わたしとオレは違う』
はぁ、と一度ため息をつき、地上へあがるためのリフトにスイラとともに乗り込む。ボタンを押すと、ゆっくりと浮上し始める。
「おい、まだ話は終わって…!」
『オレは終わったと判断した。それに、お前と話しても何か得られると今は思えない』
「君は…!」
『人間じゃねぇよ?バケモンだと前から何度も言っているはずだが』
「ッ!」
『人の心を持つバケモノは映画や本に出てくる。だが…人の心を持たないバケモノは、世間様から必要とされねぇんだよ。
どの道オレはこの世から排除される。なら、排除される前にオレの嫌いなものを排除するぐれぇ、かまわねぇだろ』
「?!どういうことだそれは!!」
『お前は知らなくていいことだ。情報提供だけ感謝するぞ、ワタル』
リフトは完全に二人の視界から姿を消した。