神ノ定メ 本
□第10夜
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「こっの…ドアホがぁーーーーー!!」
アジア支部では、いつものようにフォーの怒声が響いた。だが今回はいつもと違い、キック付きで、声も大きい。
いきなり吹っ飛んでいったアレンに、蝋花が駆け寄る。その大声は、隠れていたレムのもとにも鮮明に聞こえてきた。
「やってらんねぇ!!!いい加減にしろよウォーカァ!!」
「待ってフォーさん。彼、さっきからなんだか調子が悪いみたいで」
「うるせェんなもん関係ねぇ!なぜ本気でかかってこない!!」
「や、やってますよ」
「殺気もクソも無くて何が本気だゴラァ!!アイツはいつでも本気だぞ!!」
「アイツって…?」
思わず口にしてしまったレムのこと。隠すかのようにアレンの頭を殴り、黙らせる。
「(ヤベ、口が滑った)と、とにかくビビってんだよテメェはっ!防御ばあっかで全然攻めてこねぇのがその証拠だ!!
ヘタレ!根性なし!!テメェみたいなモヤシ、一ッ生発動できるか!!!」
そのフォーの発言にとうとうアレンが切れた。紳士キャラを脱ぎ捨て、獣のように吠える。
その場にいたシィフと李佳がアレンとフォーを抑え込む。
「分からないんだよ、僕だって…!好きで…こんな所にいるわけじゃないっ!
分かんないんだよっ!!全然分からないっちくしょう…っちくしょ…僕はいつまで、こんな所で…っ」
その様子をバクとウォン、そして、いつの間にか来ていたレムが、ゴーレムを通して見ていた。
「仲間を強く思うあまり、ひどく焦っておいでですな。日に日にストレスがたまっているのが見て分かります。
ずっと地下にこもっているのもよくないのかもしれませんよ。外に散歩に行けば気晴らしに……」
「ダメだ。忘れたのかウォン。ウォーカーはノアに命を狙われたんだぞ」
「そ、そうでした…」
『それに、ノアは“エクソシスト”や“イノセンス”とは関係なく“アレン・ウォーカー”という存在を消そうとしていました。
…………“とある人物の関係者”として』
「ウォーカーに聞いても分からないと言っていた。ともかく、ウォーカーの身を守るためにも、武器が復活するまで彼を外に出す事は出来ん。
ここなら安全なのだ。ひいじじの守り神が、結界で入り口を封じているここならばな」
『そうですね…それが、今できる最善の方法です』
✝封印の扉前✝
「(ついイライラしてフォーに八つ当たりするなんて最低だな。僕のためにつき合ってくれてるのに…
あの怒りっぷりじゃ、もう相手してくんないかなぁ〜。どうしよう…謝りに行った方がいいか…)」
アレンは段差に腰掛け、暗闇の中、ただただ自己嫌悪にふけっていた。
「(…でも、もうどんないやったところでむだなのかも…………もう、あの醜い腕の感触も思い出せない。何も)」
そんな時、後ろから肩をたたかれた。振り返ればちょうど怖く見える位置に照明をあてた蝋花がいた。
「ろっ蝋花さん?どうしたんですか!?」
「暗いって言うから明かりを…」
「あ、いや、あれはそんな意味で言ったんじゃ…」
「どーぞ❤」
「あ、ありがとうございます」
思わず渡された明かりを手に取る。蝋花は渡し終えるとそのままアレンの隣に座った。
「腕、大変ですね」
追突に話し始める蝋花。
「え?いや、情けないです。こんなことで躓いちゃって」
「そんなこと無いですっ!すごく頑張ってるじゃないですか!」
「頑張っても…何も出来なかったら意味無いですよ」
「何も…?何を、したいんですか?」
何を…?そんな事決まって…
「仲間が出来て、ノアが出現して、ハートが狙われて、たくさん殺されて、咎落ちを見て、武器を失って…
仲間を守りたくなった?ノアを倒さなきゃって思う?救えなかった人たちの重みを抱えて…
たくさんいっぱい、“戦わなきゃ”ですか?
たくさんの優しさから生まれたたくさんの“戦わなきゃ”という気持ちで、あなたの大切な気持ちが埋もれてしまってませんか?
大切なものがあるから、だから、人は戦おうと思うのです!」
「…………キミは……」
いつもの彼女とは違うような物言い。二人の距離は、近かった。
「何それ―――――っ!!?」
静かだった間によく響く先ほど聞いていた声。ふと、その声のもとをたどれば、今目の前にいる彼女そのもの。
「あたっあ、たしがウォーカーさんとイチャイチャしてるぅ――!?ドッペルゲンガー!?」
思わず蝋花たちを交互に見るアレン。すると、隣にいた蝋花(仮)が舌打ちをした。
「あーあ、ブチ壊しだぜ!」
「フォ…フォー!!?」
ブゥン…と、機会音を立て、姿を現したのはフォーだった。
「ああ、知ってる。フォーさんって擬態できるんだよ。それでよく支部長をからかってるって。でも、何でまた蝋花の姿に…?」
思い出したかのように言い出すシィフ。しかし、すぐそばにいる蝋花と李佳はそれすら聞き取れないほど放心していた。
「勘違いすんなよウォーカー。べっ、別にテメェを励ましに来たんじゃねーぞっ!あたしはまだムカついてんだ!!」
赤面するフォー。彼女はツンデレという奴かもしれない。フォーと一緒に来ていたレムも、暗闇の中で聞こえないように笑った。
『(ホント、素直じゃないんですから…)』
「いーきになんじゃねーぞ。あー眠!ムカついたら疲れたー!小僧のせいでとんだ迷惑だぜ」
アレンから離れ、水面を歩き始めたフォーにアレンはお礼を言った。励ましてくれた事ではなく、明かりをくれた事に。
「…少し休んだらまた始めるぞ」
「うん」
アレンに見えないよう、フォーは笑った。その直後、フォーの動きが止まった。
辺りに鈴の音が小さく響く。その後には蝋花がフォーをどなる声しか響かない。
『!(何だ、この気配は…!!もしや…)』
アジア支部内を歩いていたバクにも、何かが感じられた。フォーは小さくバクの名を呟いていた。
「ウォーカーを隠せバクゥ――――!!!」
大声で叫んだ途端、フォーのちょうど胸のあたりに穴が開き、そこから黒い何かが飛び出してきた。
アレンとレムの目が反応する。その黒い何かから出てきたのは、アクマだった。
「フフ…お前がここの結界の“入り口”か…」
「どうして…アクマなんぞの力で結界を破られるなんて…」
「別に?アタシは何もしてないさ。通してくれたのはノアの箱舟だよ。迎えに来たよ、アレン・ウォーカー。そして、久遠レム」
『!!』
伯爵が、迎えに来た。そうとなれば行動に移るのは速い。この後に備えて、構えていた。
『(今はまだ、出るときじゃない…)』
「わ――――っ!?フォーさんの中から何か出てきたぁ――――!!」
「たぶん、アクマじゃないかな」
「バカ!どう見てもアクマだろっ!」
なんとも呑気な三人組だ。アクマが目の前にいるにもかかわらず初めてみたアクマについて話している。
「ウォ…カ…逃げ……ろ……レムも…出てくん…な…よ」
苦しそうに言うフォー。その言葉には聞き捨てならないものも含まれていた。