儚き狼 本

□第1幕
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「総大将!起きてください!」


『…もう起きている』



起こしに来た側近―睡蓮(スイレン)―に、襖の中から返事をする。ちなみに彼女は化け狸だ。



『待たせたな。行こう、睡蓮』


「はい」



私が生活しているのは離れ。大広間に行くまでには長い廊下がある。



「おはようございます、総大将!」


『ああ、おはよう』



挨拶してくる組員に、笑顔で返す。


ここは化け物組。名前は物騒だが、中身は心優しい妖が大勢いる組だ。しかし、侮ってはいけない。
これでも名前を出すだけで他の妖が震えあがるほどの力の強さを誇っている。


大広間に着くと、上段の自分が座る席以外の席は埋まっていた。舞が座るのを待つだけだったらしい。



『遅れてすまない……いただきます』


「「「「「いただきます」」」」」



途端に忙しくなるのは給仕係。あちこちから上がる「おかわり」の声にこたえていく。



『(元気だな…)』



この組の総大将である舞は、箸を一旦止めて皆を見た。何処も笑顔で満ち溢れている。



「総大将?いかがなさいましたか?」


『いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていただけだ』


「ご飯がお気に召されませんでしたかね…?」



心配そうに聞いてきたのは、台所を取り仕切っている焔(ホムラ)。性別は女で、名前の通り火の妖だ。



『いいや、今日もとても美味しい』


「そうですか!それはよかったです…!///」


「(ああ、またですか…)」



その様子を端から見ていた睡蓮は、心の内で思った。総大将である舞は、力も強いが、美しさも誇っている。
そのため、なぜか同性である女性にも惚れられるのだ。舞に一目惚れして組に入ってくるものも少なくはない。



『…私は先にあがらせてもらうとする』


「今日のご予定は?」


『…下に降りようと思っている』


「またですか…」


『大丈夫だ。どうせ私の力はこれで封じられてる。それに陰陽師はそう滅多に出歩いてはいないさ』



着物に隠れていた首飾りを睡蓮に見せる。五芒星の描かれたそれは、朝日を浴びて鈍く輝く。



「ですが…」


『本当に信用できないか?私は』


「そう言う訳では…!」


『解ってる。もう人間とは関わらない』



悲しそうに笑えば、睡蓮は押し黙った。



『もう、此処から離れたくはないからなぁ』



とある人間を信用しきってしまったがために、彼女の組は前の土地を追い出されていた。



『二度と、な…』


「……解りました。でも、早めに帰ってきてくださいね」


『うん、ありがとう』



漸く得られた許可。一言礼を述べてから、大広間を後にした。




  
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