儚き狼 本
□第4幕
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「そーーーうだーーーいしょーーーーッ!」
『…来たか』
その日の朝、昨日の夜に予想していた通りに睡蓮が爆発した。
「銀から聞きましたよ!人間に話したそうですね!!正体をッ!!!」
『別にいいだろう』
「んなわけないでしょうっ!もし襲ってきたらどうするんですか!」
『返り討ちにすればいいだけの話だ』
「そう簡単にいくわけがないでしょう!」
『相手は人間だ。刀で斬り捨てれば死ぬ』
人間の命は儚い。
『それに、珱は約束してくれた。絶対に口外しないと』
「人間を信じるのですか!?」
「そーなんだよー。そうだいしょーったら人間の小娘に全て話しちゃってさー」
『…銀』
「小娘もすごいんだよー?ボクが脅しても、妖かもってチラつかせても、小娘はそうだいしょーを信じててさー」
『そうだったのか』
「しかも、“舞様のとこに連れて行かないと、此処で死にます!”とか言ってくれてさー。
そうだいしょー、小娘に死なれた哀しむだろーなーっと思って連れてったけど、正解だったみたいでよかったー」
相変わらず抜けた口調の銀。どうにかなるものではないことは知っているので、何も言わない。
「…でも、またいつ裏切られるか…」
『だな。珱は癒しの能力を持っていて妖に狙われる身だ。私らのことを恨んでいるやもしれん』
「でしょう!?今からでも『だが』…何でしょうか」
『それでも、私はもう一度信じたい。人間というものをな』
「総大将…」
睡蓮はう、と押し黙り、居心地が悪そうに頭をかいた。
「…分かりました。総大将がそう仰るのならば、私達はその意思に従うまでです」
『ありがとうな、睡蓮。流石私の傍に長くいただけのことはあるな』
「なにせ、生まれた時から一緒に居ますからね」
そう笑う睡蓮。いつもの睡蓮だ。
「そうだいしょー、おなか減ったー」
『…さて、銀もそう言うことだし、朝食を食べに行こうか。もう焔も作り終わっているころじゃないか?』
「そうですね」
どうやら噴火は収まったようで、ニコニコと笑いながら大広間へと歩いて行った。
「総大将」
『珊か。何だ?』
「珊にぃー、久しぶりー!」
「久しぶり、銀。…奴良組の新たな情報をお持ちしました」
朝食が終わり、自室で刀の手入れをしていた時、音もなく表れたのは一匹の黒猫。ボフン、と音を立てて一人の青年の姿へと変わった。
舞は大して驚いたそぶりも見せず、刀の手入れを続ける。隣に居た銀は珊に飛びついていた。
『…どんな情報だ』
「奴良組の総代将のことです」
珊は正面に腰を下ろし、舞を見据える。その膝には銀。舞も刀を脇に置き、珊を見た。
「相手の大将は男。名を“ぬらりひょん”と言うそうです」
「誰それー?」
『ぬらりひょんか…』
「ご存じでして?」
『ああ。敵に姿を掴ませない奴だと聞いている。総大将としても名が広まっている奴だ』
「幹部にも雪女や化け猫、牛鬼、ガゴゼなど、ツワモノ揃いらしいです」
『……』
「そうだいしょー…?」
そんなのがここに攻め入ってきたら、もしかしたらもしかするかもしれない。
『臨界態勢を解くなと皆に伝えておけ』
「御意。またね、銀」
またもや音も立てずに姿を消した珊。
『奴良組か…』
「そうだいしょー?どーしたのー?」
風の噂では聞いていた。最近出来たばかりの、でも強い組が江戸を中心に活動していると。
『ここに来るのも時間の問題か』
「ここに来るって……攻めてくるってことー?」
『そうだ』
ここは京の中でも山奥にある森だ。中心部からは離れているため、攻めて来るのは遅いはず。
「逃げるの?そうだいしょー」
『まさか。逃げるわけがなかろう』
「でもー…」
『ここは、やっと手に入れた私達の新たな土地。攻めてくるなら、返り討ちにすればいい』
「さっすがそうだいしょー、考えることがカッコイー!」
はしゃぐ銀を尻目に、もう一度刀を手に取る。それは暁。妖を斬るための、言わば妖刀だ。いろんなところを廻り、今は私のもとにある。
一説によると花開院家で鍛えられた、らしい。真実は分からないが…まぁ、私に関係はない。
『全面戦争…』
さて、どうなるのやら。