儚き狼 本
□第5幕
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「な、なにをおっしゃったのですか総大将…?」
朝食で出た睡蓮が大好物の手羽先を落っことした。もったいないな。
『だから言ってるだろう。花開院家に行ってくると』
「何言ってんですかそうだいしょーーーー!」
耳に響く大きな声。今日の朝やっと耳鳴りが治ったのに、またぶり返しそうだ。
『煩いぞ睡蓮』
「いいですか総大将!花開院家は陰陽師なんですよ?滅されたらどーするんですか!」
『(今回はのらなかったか)』
「聞いてるんですか、そ・う・だ・い・しょ・う!」
『はいはい、聞いてる聞いてる』
「心がこもってなーい!」
いつの間にか立場が逆転している二人に、若干引き気味の組員たち。
「す、睡蓮さん…どうしたんですか?」
とうとう話の内容が気になった組員が睡蓮に訪ねた。余談だが、睡蓮は今上段にいる。
先程の話し声は大声だが、大事なところは小さい声で話していた。
「総大将が花開院家に行くって言ってるのですよ!」
「そうですか、花開院家に………って、花開院家ッ!?」
組員が大声で言ってしまったため、全ての組員に話が伝わってしまった。
『睡蓮、お前は心配しすぎだ。私はもう子供じゃない』
「私から見たら十分子供です!」
『そりゃそうだろう。何せ100歳も違うのだからな』
「歳はいいです!……それにしても、なぜこのタイミングで花開院家に行かれるのですか?」
『珱の付添だ』
「あの…人間の、ですか?」
『ああ、そうだ』
「なぜそこまで…」
『頼まれたからしょうがないだろう。娘一人で行かせるには危ない。何より嫁入り前の女子に傷が付いてはいけない。
それに珱は公家だ。ここで恩を売っておいてもいいだろう?損はしない』
「貴方も女でしょう!」
『私は妖だ。襲われても返り討ちに出来る』
「………」
ごもっともだ。
「…ならば金か銀を」
『いい。今回は私だけで行く。その代わり桜錦と暁を持っていく。心配するな。滅されそうになったら殺してくる』
物騒なことを朝食中によく言うものだ。
「…仕方ありませんね」
『というかお前は私の親ではないだろう。そこまで行動を束縛するな』
「総大将のお母様とお父様に任されたんです!」
『聞き飽きた。私も一端の妖だ。それになんだ、総大将である私の力がそんなに信じられんか』
味噌汁を飲み込み、手を合わせる。
『帰りはいつになるか分からない。遅かったら先に食べていてくれ』
「かしこまりました」
台所から様子を見に来ていた焔にそう告げ、舞は大広間を後にした。上段には今だ固まったままの睡蓮。
「すいれーん、そう落ち込むこと無いってー」
「そうですよ睡蓮さん。総大将は強い。それは組員誰もが知っていることです」
銀と金が睡蓮の横に腰を下ろす。
「…私は、」
「……」
「私は、総大将のお母様とお父様…玲(れい)様と吉良(きら)様に頼まれたんです。“あの子を私達の分までよろしく”と……
死んでしまわれる間際に、私にそう託したんです。私はただそれを全うしようと……」
「それはやりすぎじゃねぇか?」
「…牙龍」
襖を乱暴に開けて入って来たのは牙龍。舞が唯一持つ補佐だ。
「…何が、やりすぎなのですか」
「いくらなんでも行動を縛りすぎだって言ってんだよ。そんなことも気づけないようじゃ、アイツの側近は務まらねえよ」
自分に用意されていた上段に一番近い席に腰を下ろすと、黙々とご飯を食べ始めた。
「……ですが、私は」
「頼まれたのは知ってる。俺もその場にいたからな。だが、玲と吉良は何も行動を縛れとは言っちゃいねぇ。ただ頼むって言ったんだ。
それはアイツのことを見守って欲しいってことじゃねぇのか?お前はアイツらの言った言葉の意味を理解しちゃいねぇ」
牙龍はご飯を食べ終わると睡蓮に近づき、頭を思いっきり叩いた。
「な、何するんですか!」
「そんなんだからいつまでたってもその位置なんだ。お節介焼き」
そうとだけ言うと牙龍は大広間を出て、灰色の龍となり飛び立っていってしまった。
「いつまでたっても、その、位置……」
位置というのは、舞の側近のこと。牙龍は総大将補佐。入って来たのは睡蓮の方が50年も早い。
だが、舞は牙龍を補佐にした。それがどういうことなのか、睡蓮が一番よく分かっていた。
「私は、総大将に必要とされていない……」
本人に直接そう言われたわけではない。ただ、自分の直感がそう告げていたのだ。