儚き狼 本

□第7幕
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「そうだいしょー!」



その声が響いているのは京の入り口。先に言っておくが、この声は睡蓮ではない。



「総大将!」


「なんじゃ、煩いぞカラス」



重力に逆らう白と黒の髪。金色に光る獣のような切れ目。わざと着崩された着物。その後ろには……百鬼。



「栄えある京へのシマ格大ですよ!?組全員で行かなくてどうするんですか!」


「そうよぬらりひょん。私だって一番乗りしたいわよ」



カラス天狗の横に現れたのは雪女。そう、奴良組幹部だ。



「それにしても、ここは治安がいいな」


「んだ、知らんのか?ここは既に他の組の者が納めている」


「なら何よ。喧嘩吹っかけに行くの?」


「違う」



否定するとさっさと前を歩いて行くぬらりひょん。いつの間にか彼一人で京の門をくぐっていた。



「じゃあ何をするおつもりですか」



隣に並んだのは髪の長い男。牛鬼だ。



「その組の大将が絶世の美女だと聞いてな。ちとあいさつしに行く」


「それだけじゃないだろう」


「ハハ、牛鬼にはかなわねぇな。ま、このシマを明け渡してもらえねぇかって言いに行く」



百鬼を引き連れて歩くぬらりひょんの姿を、影から見る妖がいたことを、浮足立っていた彼らは誰一人として気付かなかった。










―化け物組―





「総大将」


『どうした、珊』



庭に生える木の枝の上に狼に変化して月を見つめる舞の横に、音もなく黒猫が現れた。



「奴良組が…やって来ました」


『もうか……予想より早いな』


「はい…。いかがなさいましょうか?」


『どうせ奴らは京をシマにしようと来たのだろう。奴は…ぬらりひょんは必ずここに来る』



もれなく百鬼のおまけ付けでな。そう呟けば珊は人型に変化した。



「どうするのですか…!易々とこのシマを…漸く手に入れたこの土地を退くのですか!?」


『別にそうは言っていないだろう』


「じゃぁ…!」


『そう慌てるな』


「慌てるなって言う方が無理ですよ!それにこれは貴方だけのの問題ではありません。組全体の、存続に関わる問題なんですよ!?」



珊の大声につられ、何事かと様子を見に来た妖達で庭が大混雑だ。



『確かにそうだ。これは私だけの問題ではない』


「ですからっ」


『だが、別にお前らだけの問題でもないだろう?結局この組の行き先を決めるのは私と、その時の運勢だ』


「運勢で決めちゃうの?総大将様ぁ」



足元に寄って来たのは背中に青い翼を生やした小さな子供。最近(と言っても20年前)生まれたばかりの小さな妖だ。



『運勢と言っても運任せということではない。お前達がいつもやってる双六は、いつも誰が勝つか分からないだろう?』


「うん」


『それと同じだ。私の組と奴らの組が全面衝突したとする。勝敗を分けるのは実力もあるだろうが…少なくとも半分は運だと私は思っている。
たとえ私達が実力的に負けていたとしても、もしかしたらがあるやもしれん。なら、その僅かな望みに賭けてみるべきだろう?』



わけが分からないといった様子の小妖怪。彼女を抱きあげると、その小さな頭を撫でてやる。



『まだお前には早い話だったな。さ、もうそろそろ夜が明ける、寝ていろ』


「はーい!」



元気に返事をすると、脇に控えていた母親のもとへと跳んで行った。母親は舞に一礼すると、部屋へと下がって行く。



『…女子供は早く寝ろ。戦える者は大広間に来い。話がある』



舞が背を向けた途端、集まっていた妖達は言われたとおりの行動を開始した。




  
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