儚き狼 本

□第8幕
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「…で、どうするのだ」


「どうするって何をだい、牛鬼」



京のとある酒飲み屋で酒を飲んでいたぬらりひょん一行。初日は疲れを癒そうと、直ぐ傍にあったこの店に入ったのだ。
そして牛鬼は次から次へと酒瓶を空にしていく自らの総大将に、先程から気になって仕方がないことを聞いていた。



「憶測だが…、相手の総代将がそう易々とシマを明け渡してくれるとは思えん」


「まぁ、普通はそうだろぉなぁ」



酒がまわって来たのか、口調にいつもの覇気がない。



「相手が断ってきたらどうする」


「そんときはそん時だ」


「は?」


「行ってダメならどっか別の処を探すかねぇ」



あり得ない。酒を飲んでいない牛鬼は話しながらも盃に酒を注いでもらい、煽るように飲む総大将にため息を吐いた。
確かに最初は小さな集まりだったと聞く。しかし、今や百鬼を引き連れる組の総代将。こんなのでよく纏まるものだ。



「ま、策を考えちゃいないわけじゃない」


「一体どのようにお考えで?」


「相手は絶世の美女なのだろう?手中に収めちまえば、シマはワシのもんだ」



今の総代将に聞くんじゃなかった。牛鬼は後悔した。そんなことを隣で笑うぬらりひょんが知ることはなかった。










―化け物組―





「総大将様」


『なんだ、煉(れん)』



煉というのは、珊と同じく二股の黒猫で諜報部員だ。



「奴良組が酒屋で宴会を催しているとの情報が」


『…私達もナメられたものだ』



大広間での集会を終わらせ、自室で月見酒をしていた舞は持っていた盃を置いた。奴らと同時刻に酒を飲むなど、酒が不味くなる。



「…して、先程はどのようなことを仰せられたのですか?」


『…何故煉が聞く』


「私も戦闘部員として扱っていただきたく…」


『煉、お前は女だろう。そこまで無理をしなくてもいい。それに……珊との祝言も控えているだろう』



そう、煉は直に珊と夫婦になるものだ。珍しくあの珊が一目惚れし、他の組の諜報部員だった煉を引き抜いて来たのだ。
一体どのようにして、どこの組から引き抜いて来たのかは総大将である私にも分からないし、知らされていない。



『祝言前の女に傷がつくのは、私としても気が重い。それに珊に申し訳ないからな』


「本当に…総大将様はお心がお優しい…。ですが、祝言前なのはお互いさまでございましょう。
私はまだこの組に入って日が浅く、信頼されていないことも重々承知しております。ですが、私は…!」


『おい、誰がお前のことを信用していないと言った?』


「…仰られてはおりません。ですが、私の仕事の少なさを考えると、そのように考えられているのかと…」


『ハァ…』



ため息をついた舞に肩を震わせる煉。煉は少し困った癖の持ち主で、全てのことを自分で悪い方向に持って行ってしまう。
舞も最近知った癖なのだが、恋人である珊にもその癖は発動中だ。女妖怪と少しでも会話をすれば、自分が捨てられたと勘違い。
昨夜もそのことで一悶着あったようで、珊が大慌てで出て行こうとした煉を引きとめた姿は全ての組員にバッチリ目撃されている。



『私はお前のことを信用している』


「…本当のことを仰ってください」


『何?煉、お前は私の言うことが信じられないのか?』


「いえ…そのようなことは…」


『お前こそはっきりと言え。別に私は本当のことを言われたからと、お前を破門になどしない』



というか、破門にしたら珊がキレる。



「…すいません。私、総大将様のことを信じきれていませんでした」


『別にいい。それが普通だろう』


「ありがとうございます」


『何故礼を言う。礼を言うのは私の方だろうが。いつも私のために、すまないな』


「私が好きで身の回りの御世話をさせてもらっているのです。礼を言われるようなことは…」



頬を赤く染めている煉。その長い黒髪で顔を隠そうとする彼女の姿は…確かに珊が惚れたのもわかる。



『で、煉は本当に戦闘部員になりたいのか?』


「はい!少しでも総大将のお役に立ちたいのです!!」


『いいだろう。許可する』


「ありがとうございます、総大将様…」


『ただ条件がある。絶対に怪我をするな。私が珊に殺される姿を見たくなければな』



私に死んでほしいのならわざと怪我をすればいい。冗談交じりにそう言えば、



「そんな…!私が怪我をするのは避けられないことなので、珊には私から言っておきます。これで怪我をしても大丈夫ですね!」



と返された。そういう訳じゃないんだが…。




 
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