儚き狼 本

□第9幕
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花開院家に付いて来てもらって以来、珱は舞と全く会えなくなっていた。舞が来てくれなくなったのだ。



「ハァ…何か嫌われてしまうようなことをしてしまったのでしょうか…?」



一応そのようなことをした心当たりはない。舞が妖ということも誰にも言ってはいない。
だがしかし、舞は全く来てくれなくなってしまった。かれこれ一週間はたつ。



「私から赴いて謝りたいところですが……」



生憎ながら家を知らない。外に出たことすら両手で数えられる程度の彼女は、近辺の地理もないのだ。
そんな彼女が外に出ていきでもしたら、うじゃうじゃいる生き肝信仰の妖達に自分から食べに行かれるようなものだ。しかし…



「(出ていったら前のようにあの方が駆けつけて来てくれる…)」



そんな考えが心の隅にあった。その考えを振り払うように珱は頭を振る。



「(駄目駄目、そんなことを考えていては…)」



きっと用事が立て込んでいて大変なのだろう。



「それにしても、今日は月が一段と美しい…」



舞のことを頭から追い出すように月を見る。もっとよく見るために縁側に出ようとしたところ、



「こんな月夜には、憂い顔がよく映える」



声が聞こえた。



「な、何奴!?」



咄嗟に後ろを振り向くが人影はない。こういうときのためにと花開院家から貰った札をそっと手に取り、退魔刀も構え、追い払う準備は万端だ。



「そっちじゃない、こっちだ」


「あっ!?」



気付いた時にはもう遅い。いつの間にか珱は押し倒されていた。目の前には無駄に整った顔と天井。
両手は拘束され、退魔刀は奥に放られてしまい、とても手が届く距離ではない。どこからどう見ても珱が不利な状況だ。



「は…、」


「お前が京で噂の絶世の美女か?」


「離せケダモノ!!」


「おごっ!?」



だが珱も負けてはいない。足を思い切り振り上げ、鳩尾に叩き込む。



「や、やるな…姫さんよ…」


「舞様から聞いていてよかったです…」


「…!」



ほっと胸をなでおろす珱と、鳩尾を抑え未だ悶える誰だか分からない人。その人が舞の名前に反応した。
(そもそも、人かどうかも分からないのだが……)



「もう一度聞く。お前が珱姫だな?」


「そうですが、それがどうか?」


「いーや、確認しただけだ」



ぬらりひょんは珱の部屋をじろじろと見まわした。



「(消えちまった部下はここら辺で何らかの信号を残したはずなんだが…)」



消えてしまったのはぬらりひょんの部下のことだ。あの部下……妖怪の名は伝加羅(デンカラ)という。
“伝”と書くだけあって、仲間に何らかの方法を使い今見ているものや情報を伝えることができる能力を持っている。
彼の仲間が言うには【総大将の敵を見つけた。かなりの力の使い手で、人脈も多い】と遺したらしい。



「(しっかし、ここは普通の貴族の家だ。ここに普通の妖怪が入り混むのはちょいと難があるぞ…?)」



じろじろと辺りを見回す妖怪……もとい、ぬらりひょん。



「…それより、あなた誰ですか?」


「ああ悪ぃ、ワシはぬらりひょん。この地、京を治めに来たものだ!」


「残念でしたね」



間髪入れずに珱姫はそう言った。



「ここ、京の地はすでに舞様が治めていらっしゃいます。
今更貴方が治め直す必要はありません!即刻お引き取りください!!」


「そう言われてものぉ…ワシは、魑魅魍魎の主になる男なんじゃ。んなことぐれぇで諦めてたまるかってんだ」


「…それは、今、ここの主である舞様を倒す、ということですか…?」


「そうなるだろうな」


「…せま…んよ」


「ん?なんか言ったか?」


「させませんよ!!」



素早く奥へ下がり、放られてしまっていた刀を手に取る。



「…なんじゃ、ワシを斬るつもりか?んな刀で死ぬほどワシは軟じゃなねぇぞ?」


「そうでしょうね。でも、命の恩人である舞様に手を出すのを易々と許すわけにはいきません!」



刀を振り上げると、そのままぬらりひょんの腕を斬りつけた。



「は、こんなもの…」



馬鹿にするように鼻で笑った。だがしかし、退魔刀をナメてはいけない。





ジュワッ





切れた腕からは血に似た呪文のようなものが飛び出していった。




  
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