儚き狼 本

□第9幕
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「おいおい…それは妖刀か?」



その光景に驚いたのは珱だった。



『………なんだこの光景は』



そこへちょうど舞が入ってきた。



「舞様!!」


「……舞…お前がこの地を治める妖か?」


『!?(コイツは……ぬらりひょんか!?)』



特に妖気も感じなかったため、普段通りに入ってきてしまったことを悔やんだ。



『(珊に貰った姿絵と同じではないか…)』



目の前で腕から何かを飛ばしている男…いや、妖は、間違いなくぬらりひょんだった。



「舞様!」



珱はおびえた様子で舞の着物の裾を掴む。今はそれさえ気にも留めていられない。



『(…こんなにも早く、敵の大将と会うことになるとはな…)』



運悪く、今日も護衛はいない。金も銀も牙龍も睡蓮も、皆捜索に向かわせてしまった。



「おい、姫さん。迎えに行くと言ったが、どうやら行かなくて済むようだな」


「…」


「この傷、どうにかならないかい?」


「そのままくたばってくださって結構です!」


「おいおい…」



着物にしがみつき、かたくなに傷を治そうとはしない。このままくたばってくれれば舞も願ったりかなったりだが…。



『……珱』


「はい、なんですか?」


『治してやれ』


「嫌です!!あの妖、舞様を倒そうとしているのですよ!?何故助ける必要があるのです!!」


『確かにこのまま死んでくれても構わない奴だ。むしろ死んでくれたほうが都合がいい』


「ずいぶん残酷なこと言うじゃぁねぇか」


「なら何故!?」


『万全の状態でないと面白味に欠けるだろう?』



それを聞いたぬらりひょんは、敵のくせしてなぜワシを庇うのだという疑問で一杯だった。



「なぜワシを庇う」


『貴様、死にたいのか。なら死なせてやろう』


「そういうことじゃぁねぇ」


『……何、簡単なことだ』



珱を優しく放し、ぬらりひょんに近づく。そのまま手をかざせば、水色の淡い液体が現れる。



『このままお前に死なれれば、酒が不味くなる。酒は美味いまま飲みたいものだ』


「…ハッ、ずいぶん身勝手な理由だな。………お前はワシを今助けたな」


『それがどうした』



淡い水色の液体は消え去り、傷が完全に治った腕。



「お前は……ワシら奴良組を倒す機会を失ったのじゃぞ」


『………フ、フハハハハッ!』


「…何が可笑しい」


『可笑しいも何も、お前は随分と自分を過大評価しているらしいな』



そこで舞が纏う雰囲気ががらりと変化した。まるで格下の者を見下すような……そんな雰囲気だ。



『私の組を甘く見るなよ』


「ほぅ」


『お前らよそ者なんぞに……私の居場所を奪われやしない…させない。もう、二度とな』



そう言い捨てると、たった一瞬のうちに舞の首に刀があてがわれる。ぬらりひょんの刀だ。



「…これで動じないとは」


『……言っただろう』



その瞬間、舞の姿が消える。響くのは声のみ。



―『私の組を…私自身を』


「(クソ、どこにいやがる)」


『甘く見るな、とな』


「!?」



現れたのはぬらりひょんの背後。先ほどの逆で、今度は舞が刀を首にあてがう。



『これは妖刀だ。首を撥ねることもできる。動かないほうが身のためだぞ』


「……知らんのか?」


『何がだ』


「ぬらりひょんという妖はな…のらりくらりとしていて実態を掴ませぬ自由奔放な妖なのだということを…じゃ」



目の前のぬらりひょんはまるで風に吹き流されるかのように姿を消した。しかしまだ気配はこの部屋の中だ。



『…そんなので私から逃げたつもりなのか?ならお前はおめでたい奴だ』


「何?」


『二度も三度も言わせるな。私を………甘く見るなよ』



体を後ろにひねり、持っていた妖刀を何もないように見える空中に振る。



『…次はないぞ。さっさと失せろ』


「………」



そこには、先ほど消えたはずのぬらりひょんがいた。




  
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