騙し合う銀 本

□第10幕
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「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」



絶叫の後に待っていたのは静寂。



「あ、ぁ」



視線を落とせば紅に染まった手と、胸に刀が刺さり息絶えている紅に染まった銀狐。最早銀ではなく紅と言った方が正しい姿となっていた。



「…」



誰もその場を動かない。いや、動けない。





―牛頭丸





ふと、頭に声が響いた。尊敬し、敬愛してならない牛鬼の声だ。





―牛頭丸、銀狐が居た時はできるだけ無傷で連れてこい



―お前になら出来るはずだ



―期待しているぞ






もう一度銀狐を見る。心臓に突き刺さっている刀は幻ではない。狙ったものは外さない。それが裏目に出ていた。



「あぁ、ぁ」



ああ、自分はやってしまった。牛鬼様に言われたことができなかった。あの方の言葉を裏切ってしまった。
銀狐を殺してしまった。殺してしまった。もう生き返ることはない。牛鬼様は何て言っていた?ああそうだ、無傷で連れてこいと言っていたんだ。
これは無傷というのか?言わないではないか。人も妖怪も死んだらもう戻ってはこないじゃないか。


ああ、ああ、あぁ、ぁ、

自分は何をしてしまったのか、

牛鬼様の言葉は絶対だと、

あの方に忠誠を誓ったのに、

なのに、

なのに、

自ら誓いを破るとは、

顔向けできないじゃないか、


永遠の負のループ。いろんな言葉が牛頭丸の頭を駆け巡る。



《……》



向こう側で佇んでいた黒い九尾がやって来た。銀狐の頬に鼻を寄せると、オレを見てこう叫んだ。



《お前は、死んでも絶対にゆるさねぇ!》



その言葉で尚更自分のやってしまったことを実感させられた。



「…本家格の妖怪に手を出して、生きて帰れると思わないことね」



雪女もそう言い立ち上がった。その脇に控えている獣も、オレを見て殺気を放っている。



「(牛鬼様は、なんと言うだろうか…)」



自分の処分の前に浮かんだのはそんな疑問。考えても埒が明かない。



「(破門は、確実だよなぁ)」



もしかしたら自分の犯した失敗で牛鬼組の名を地に落とすことになるのかもしれない。此処まで築いてきた栄光は何だったのか。
そう、紅に染まった自分の手を見て考えていた。足音が近づいてくる。もう、抵抗する力さえ無い―



『何陰気臭い雰囲気になってんの』



ああ、幻聴だろうか。今さっき自分が殺したばかりの銀狐の声が聞こえる『おい、無視か』え―――。



《奏!?》


「奏様!?」


「ぎ、銀狐!?」


『皆してどうした?特に牛頭丸。死んだような顔してる』



目の前には確かに殺したはずの銀狐。先程の戦いの傷は付いているが、死んでいない。



「死んで……いない…?」


『私が死んだと思ったか?だとしたらまだまだ実力不足だな』


《お、おま……だって今心臓グサリで死んだんじゃ》


『あそこにあるのは幻。忘れた?私は狐妖怪だ』


「そんなことぐらい知ってる」


『狐は人を化かすって言うだろ?』



そこで辻褄が合った。一体いついら変わったのかは知らないが、銀狐は自分の知らぬ間に幻と入れ替わっていたのだ。
幻を刺殺しても本体は死なない。怒りという感情で幻の銀狐ということさえ見破れなかったのか。



「奏様ぁ――――ッ!」


『オブゥッ!?』


「嘘でもあんなことしないでください!こっちは本当に死んだかと…」


『だってさ、ああでもしないと私は確実にあの幻みたいになっていたんだぞ?心臓グサリでお陀仏だ』


「え…」


『いくら分家といえども牛鬼組は武等派集団。なめてかかればこっちがやられる』



抱きついていた雪女を引き剥がした銀狐は、オレの方に刀を剥けた。



『まだ決着はついていない。そうだろう?』



先程と同じ笑みを浮かべて。




 
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