泣けない鎮魂唱。
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昔の俺は弱かった。
臆病だった。
だけど、いっちょまえに親…とくに父親には反発していた。
ずっと逃げ出したかったし、いつか出ていくんだとばかり思っていた。
それに…口に出すのには残酷な事も、子供ながら思っていたこともあった。
行動には…うつせなかった。
うつせるほど、俺は強くなかったから。
そんな汚い俺を、百目の先祖返りの夏目は視えたのかもしれない…。
視られてしまった…全て…。
そう思った時、とても怖かったんだ。
夏目がじゃない…俺自身が怖かったんだ。
「そっか…知りたかったんだ」
『………』
「誰に聞いたの?」
『……蜻蛉』
「あー、カゲたんかぁ…」
また余計なことも言ったんでしょ〜、と笑いながら聞いてくる夏目。
相変わらず少しだけ曇ったままの表情だけど、さっきよりは幾分か柔らかくなった…かな。
『一喜一憂…』
「ん?」
『…してたか?……俺…』
「してたよー、すっごく☆」
ぁ…そう…;
『…でも、多分…
それはお前が嫌いだったからとか、百目って知ったからじゃないと、思う…』
「………」
『…よく…覚えてないけど……
多分、いや…絶対違う…百目の先祖返りだからだとか、そんなことじゃない…』
「…そっか、…そうだといいね」
ゆっくりと離れていく、腰の圧迫感。
今の今まで支えられていた全身の体重が、一瞬にして自由になった。
不安定な態勢で止められていたからか、自然とぼふんっ、と音をたてて布団に倒れ込んだ。
『…離すなら離すって言え…』
「だってりゅーたん男の子だし♪」
『……せやな…;』
…一瞬だけぴくっと頬の筋肉がひきつった気がする。
今じゃもういつも通りの何考えてるか分からないようなニヤニヤした顔つきの夏目。
その顔をジッと見つめながら、思う。
…覚えてないなんて、嘘だ。
ホントは覚えてるくせに…。
そうだな…ホントは、覚えてる。
だけど、今は…今だけは。
「…もう寝た方が良いよ」
『……うん…寝る…さすがに、だるい…』
「ごめんね、無理させちゃった」
『…俺のせいだし…お前悪くない…』
「ふふ、優しいねー」
『…誰かさんと違ってな』
こうやって、まだ優しい空気の中で一緒にいたい。
いつか、俺自身のことが皆に知られてしまう時もあるかもしれない。
俺がどれだけ汚い奴なのか、分かる時が来るかもしれない。
だったらせめて、その時までこのままでいたい。
皆と、笑っていたい。
ひんやり、と額にのせられた手から感じる冷たさ。
これはさっきも感じたもの。
「おやすみ、りゅーたん」
『……おやすみ…夏…』
最後に見えたのは笑った顔。
それに釣られて、俺も笑えたかな…?
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