短編

□M大のとある日常
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「それで、何で笑ったんですか?」

「いや……落ち着いて顔見るの久しぶりだなって」

今朝も例のごとく遅刻ぎりぎりに起きてきた弘樹は、野分とまともな会話をするヒマもなく家を飛び出していた。


「久しぶりですね」

「コーヒー入れてやる。……急いでるか?」

「いえ、今日はヒマなので」

「ちゃんと休んだのか?」

「大丈夫ですよ。いっぱい寝たしヒロさんの顔見たので元気になりました」

「……そーか」

「はいっ♪」

「そういや貰いもののシュークリームもある。食べるか?」

「はい。………でも」


野分に背を向けてカップやら何やらを準備していた弘樹は、背後から野分が近づいたのに気がつかなかった。


「ヒロさん」

「わっ何だよっ」

急に背後から抱きしめられて弘樹は焦る。

「……本当はヒロさんを食べたいです」

「おまっ……////」


耳元で低く囁かれた言葉に、弘樹は体温が急上昇するのを感じた。


ここは俺の職場だ、昼間から何言ってんだ、というツッコミは言葉にならず、弘樹は口をただパクパクさせた。

「はい、分かってます」

そんな弘樹を見て野分はクスッと笑った。

子ども扱いされているようで弘樹はむっとし、体を反転させて野分を睨んだ。

睨むといっても、赤い頬に加えて至近距離と野分に言わせればただの上目遣いだ。

いや、さっき分かってるとか言ったがその理性が危うくなったので正確にはただの上目遣いではない。

本当に、これでこの恋人は無自覚なのだからどうしようもない。

眼鏡をかけて、スーツを着た恋人が堪らなくかわいくて、野分はそっと唇を重ねた。

弘樹が状況を把握して暴れ出す前に、ちゅっ、とリップ音を立てて唇が離れる。


「今はこれで我慢します。……帰ったら続きしましょうね?」

「〜〜〜〜ッ、コーヒー入れるっ!!」


恥ずかしいやら、嬉しいやらで真っ赤になった弘樹は野分の腕を乱暴な動作で抜け出した。

「あっ、ヒロさん危ないっ!!」

樹海と呼ばれる教授の研究室ほどではないにしろ、秋彦に他の図書館の追随を許さないと言わしめた、マニアックコレクションが並ぶ上條弘樹の研究室。
バランスを崩した弘樹が本の山に突っ込みそうになった。



「わー!!!!」

「ヒロさんっ!!!!」



倒れ込んだ場所はソファーで、衝撃はそれほどなかった。

庇うように上に覆い被さった野分と、バラバラと落ちる本の音を目をつぶってやり過ごした。





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