memo
□出会い
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「こんにちは。くさまのわきです。5さいです」
「あら、ちゃんと挨拶できてえらいわねえ」
隣に医者一家が引っ越してきたのは、俺が小学3年の頃だった。
「ほら、弘樹も挨拶して」
「上條弘樹です」
「弘樹君ね。引っ越してすぐだから野分もお友だちいないし不安だと思うの。仲良くしてあげてね」
「はい」
人の良さそうな夫人に手を引かれた野分という少年に目を合わせれば、ちょっと恥ずかしそうにもじもじして、にこっと笑った。
つられて笑みを返せば、野分は赤くなって俯いた。
「……ヒロちゃん」
蚊のなくような声でぽつりと呼ばれた。もちろん野分に。
……ヒロちゃんって、もしかしなくても俺のことだろうか。
相変わらず赤くなったままで俯いたままの野分は、何というか、幼いながらにも庇護欲をそそられ、思わず笑った。
弟がいたらこんな感じかな、って、そんな気持ち。
「なに?野分」
名前で呼べば、野分はばっと顔を上げた。
「………えへへ」
そうやって、嬉しそうに野分が笑うもんだから。
(どうしよう。……かわいいかもしれない)
なんて言うか…、そうだ、犬っぽいのだ。柴犬みたいな。
黒目がちな瞳で訴えかける感じとか、ちょっとした仕草だとかが犬っぽい。
かわいい弟ができたわね、なんて母さんに言われて、満更でもなく思った。
それが、俺と野分の出会いだった。