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□宵に二人
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親衛隊詰所


辺りが夜の暗闇を迎え家族が全員で食卓を囲み始める時間帯

グランセル城親衛隊詰所では数十分に及ぶ同じ押し問答が繰り返されていた



「…本当にいいんですか?大尉?」


「何回同じことを言わせる気だ、息子の誕生日くらい早く帰って祝ってやれと言っているだろう」


「で、でも…大尉1人にこの仕事の量はキツ過ぎますよ」


「大した量ではない、余計な心配はするな、それに本当にキツければ王国軍に応援を呼ぶさ、それでも負い目を感じるのなら…明日に絶望的な量の仕事を回してやる、だから今日は心おきなく帰るがいい」


「…はい…では、お言葉に甘えて、お先に失礼します…」


「ああ、気を付けて帰るようにな」


〔バタン〕



(……我ながら盛大な見栄を吐いてしまったな…)



机の上にアーネンベルクの如く積み重なっている書類は1人で片付けるには無理がある量で、一朝一夕には終わりそうにない、王国軍の応援も当てに出来ない、こんな書類整理には駆けつけてくれないだろうし、こんな用件で呼んだとあらば親衛隊の評判は忽ち転げ落ちるだろう


そもそも何時もなら最低でも5〜6人は待機している筈の親衛隊だが、タイミング悪くロレント方面の関所が魔獣に襲撃されてしまう事件があり、兵士数人が怪我を負ってしまった、そのため急遽親衛隊から数人が派遣されたのが一番の痛手だった、この状況はただ不運に不運が重なってしまった結果としか言いようがない


詰まる所結局、ユリアには孤軍奮闘しか道は残されていなかった



「…まあ、何時か終わると信じるか…」


千里の道も一歩から、闘いの序章を切るべく、手始めに書類の1枚に手を伸ばす











「…はあ〜〜……」


漸く三分の一といった辺りか、限界まで縮こまった体を解すべく大きな伸びをする


(…少し…休もう…)


時計を確認してみると既に長針が前に見た時から4周目を刻んでいた、残りはまだ半分以上、正直もうペンを持つのもかったるい



「…お茶でも入れるか…」



〔コンコン〕



暫しの休息を取るために席を外す、その時に見計らったかの様なタイミングでドアを叩く音が聞こえた



「ユリアさん?居ますか?」


「クローゼ…?どうぞ」


失礼します、と礼儀正しく入って来たクローゼの片手には、何故か温かい湯気を放つ鍋が握られていた

 
「どうしました、こんな時間に?」


「いえ、先程ルーカスさんが帰るのが見えたので、今日ロレントの件もありましたからもしかして詰めてるのはユリアさんだけになってしまったのかな、と思いまして」


「はい、確かに1人ですが…」


「…この書類の山を…?」


「…はい」


「大変ですね…、あ、良かったらお夜食作ってきましたのでどうぞ」


「あ、ありがとうございます、…うどんですか、夕飯の食べ時を逃していたので助かりました」


「ふふ、…それで、…私が来た理由って…もう判っちゃってます?」


「まったく、…手伝いですよね、…何時もならば突っ返すのですが…今日は…宜しくお願いします」


「そこまで切羽詰まってましたか…判りました、取り敢えずユリアさんはお口に合うか判りませんがそれ食べちゃって下さいね?」













クローゼの尽力もあってか、先程より遥かに早いペースで書類の山が小さくなっていった、そして日付が変わる頃にはとうとう残り一束にまでなっていた



「…ん…くぅ〜〜〜っ…!……ふう、後り僅かですね」


「ですね、クローゼはもう休んでも構いませんよ」


「何を言いますか、きちんと最後まで手伝いますよ、そのつもりで来たのですから」


「ですよね、言ってみただけです」


「…でも…こんなに大変ならもっと早く来るべきでしたよね、ごめんなさい…」

「いえいえ、十分助かりましたし、どうせ何か来れない事情があったのでしょう?」


「事情かは判らないですけど…、ロレントの件の対応をしなければいけなくて…」


「なんだ、立派な事情ではないですか、貴女が負い目を感じる要素は1つもありませんし、そもそも善意での協力にケチを付けるような真似はしませんよ」


「そう…思ってはいるのですが…、やっぱり…もっと手際良く終わらせれたらと思うとですね…」


「……はあ…」


〔ペチッ〕


「あうっ」



大変素晴らしい心掛け、御身に仕える身としては喜ばしいことだが若干の勘違いをしている節があるので戒めとしてデコピンをお見舞する、某銀閃殿のようなビンタは流石に無理でした、下手すれば不敬罪ですから


 
「いいですかクローゼ?、貴女の幼い頃からの付き人としては大変喜ばしい心掛けですが、残念なことに人間には不可能と可能があります」


「あ、…はい」


「私を助けたいという気持ちはとても嬉しいですが、それを思うあまりご自分のやるべきことが疎かになっては本末転倒でしょう?」


「…はい」


「あまり説教臭いのは言いたくありませんが…、まあ、人を気に掛ける前に先ずはご自分を気に掛けて下さい、ということです」


「…久しぶりですね、ユリアさんにお説教されたのは、…確か9歳の時につまみ食いをした時以来ですね」


「本来は一軍人が主君に説教を垂れるなどこれこれあるまじき出来事ですけどね、まあ、頭の片隅にでも置いておいて下さい」


「はい、……確かに私は見失っていたものがあった様ですね…反省します」


「まあ、良くある若さ故の過ちでしょう、あまり気にしないことをお薦めします」


「…ふふ、そうしておきます、ありがとう、ユリアさん」


「どういたしまして、…さて、私も後少し自分やるべきことをしないとですね…はあ…」


「お、お手伝いしますから…、頑張りましょうよ、やるべきことをやった上での手助けですから問題はない筈ですし」


「…先程ペラペラと説教を垂れていた身分で情け無いですが…宜しくお願いします…」




その後、朝一番に出勤し、絶望的な量の仕事を覚悟したルーカスが見たものは、完成した書類の中で仲良く寝息を立てている主君と上司の2人組だった












 
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