T

□へそ曲がりのいじけ虫
1ページ/2ページ




王都の空は雲一つなく晴れ渡り、鳥達が満足気に鳴声を響かせる昼下がり

そんな良い日には詰所に籠って書類と睨めっこをするよりも表に出て剣を振り回していたい気分になるというもの

幸い今は書類の方は落ち着いていて親衛隊は各々稀な自由時間を趣味に費やしたりや家族と過ごしたりと、思い思いに羽根を伸ばしていた

その中でユリアは自分の剣の教え子、リベール王太女のクローゼの部屋を訪れていた




「クローゼ、久々に剣で手合わせでもしませんか?」



「あ、是非お願いします、最近忙しくて剣を振っていなかったから感覚が鈍ってしまっていたのでありがたいです」


「いえ、私もこんな快晴の中で室内に籠もっていたくはなかったので、お互いに利害が一致しましたね」


「ふふ、そうですね、えっと…、エルベ離宮で良いですよね?」


「はい、お任せします」






















エルベ離宮

観光客や市民が周りを取り巻く中、ユリアとクローゼは互いに木剣を構え手合わせの準備をしていた



「アーツはどうしますか?私はどちらでも構いませんが」


「アーツは使わない方向でお願いします、純粋に剣だけで勝負しましょう」


「判りました、……では」


「はい、…合図も何もありませんが」


「…では、先に参ります」


〔ヒュッ!〕



先にユリアが仕掛ける、下段からの鋭い逆袈裟を見舞えようと距離を素早く詰める



「はあっ!」
〔ザンッ!〕



「…くっ!」
〔ザッ!〕



ユリアの放った斬撃を紙一重で回避したクローゼはそのまま身体の勢いを殺さず突きを放つ



「せいっ!」
〔ギュガッ!〕


「っと!」
〔ガン!〕



間髪入れずのカウンターを冷静に弾き防御し、ユリアは一旦距離を取る


「…ふう、随分と腕を上げましたね、なるべくならあの突きは食らいたくありませんな」


「無駄話をしている暇はありませんよ」
〔ザッ〕


取られた距離を取り返すようにクローゼが駆け出す、ユリアに負けず劣らずの速さで懐へと入りこみ突きを繰り出す



「はっ!」
〔ザンッ!」



速さと鋭さを兼ね備えた強烈な突きがユリアの得物を弾き飛ばすべく放たれる−−瞬間



「…ふっ」


「…!?」



咄嗟に危険を感じたクローゼは攻撃を諦め回避に徹する

 
そのクローゼのちょうど右を

〔ゴッ!〕


一閃、辛うじて視認が出来る速さで剣が振り下ろされていた


「……な!」


「…っはあ!」
〔ゴウッ!〕



そのまま真横に凪がれた一閃に回避は間に合わずクローゼは剣を受けるよりも逸らす意識で構える


〔ガンッ!〕


「あ、…くぅ!」


「ほう、上手く受けましたね」



ユリアのペースに飲まれつつあることと、自身の体勢が不十分なことから一旦今度はクローゼから距離をとる



「…本気ですね、ユリアさん」


「貴女こそ、よくぞ成長しましたね、今までならばもう地に伏している筈でしたが」


「現状維持に満足する程、私は自分を甘やかしはしませんよ」


「それは良い心掛けですね、…ならば私も、本日は少々熱くなりますかな」



途端、ユリアの纏う雰囲気が豹変する、口の端には笑みを浮かべ、至極楽しそうに、本気を出させるまでに至った弟子の成長を誉めるように



「…………」


(…やっぱり、遠いですね)



観客の中で言葉を交わす者は誰一人いなかった

















時間は流れ夕方、西日が燦然と輝く時刻


「…はあ、…、はあ、あ…、はあ」


「ふう、…お疲れ様でした」



余裕綽々といった感じで構えを解くユリアともはや立っていることも出来ないのか、剣を落とし片膝を着いて息を荒げているクローゼがいた



「さて、帰りましょう、……って、立てますか?」


「…す、すみま、せん、…後、少し…」

「とは言っても、早く帰らなければ暗くなって夜行性の魔獣が出ますし…」


「そ、です、けど、…体、力が…」


「…はあ、仕方ありませんね」


「…え?」


ヒョイッ、と、クローゼを軽く抱き上げ、俗に言うおんぶの形で背負い歩き始める、周りには何時の間にか人の目はないし別に恥ずかしがることもないだろう



「さ、帰りましょう」


「あ、ちょ、ユリアさん!?」


「なんですか?」


「い、いくらなんでもこの年でおんぶは恥ずかしいです!、歩けますから下ろして下さい!」


「ははは、駄目です、我慢して下さい」

「で、でも…」


「素直に甘えておいて下さい、王都に入る前には降ろしますから」


「むー…、…判りました、でも辛くなったら降ろして下さいね」

 
「はいはい、辛くなったらですね」



「「……………」」



「………今日もユリアさんに勝てませんでした」


「何を言うかと思えば…、そう易々と抜かれては私の立場がありませんから、簡単に抜かれる気もありませんしね」


「途中まではいい感じだったんですけど…、ユリアさんがまさか手を抜いていただなんて…」


「それには理由がありまして、これは私がカシウス准将から学んだことですが

「あまりに実力差がある相手が訓練の相手だと訓練にすらならない」

と教わりました、現に准将は未だに本気を出してくれませんしね」


「…まあ、確かに…」


「ただ、今はもう手加減は出来ないレベルになりましたから安心して下さい、次からは最初から本気です」


「でもユリアさん《影の国》なら…、なんというか…」


「はは、あのジン殿やミュラー大佐、リシャール殿のような達人のいる場では私の剣程度霞んでしまうのですよ、上には上がいます」

「なるほど…それでもユリアさんが強いのは変わりませんけどね」


「お褒めに預かり光栄です、…っと、そろそろ王都ですね、降ろしましょうか?」


「……お城までお願いします」


「…今日は随分と甘えてきますね、自分を甘やかさないんじゃありませんでした?」


「自分に甘えるんじゃなくてユリアさんに甘えてるんです、あと手合わせに負けたことの八つ当たりです」


「…まったく、適いませんな」


「今日ボコボコにされた私に向かって言いますか…、いじけますよ?」


「はは、ご機嫌斜めですね、今度アイスでも買ってあげますから許して下さい」


「ユリアさんなんか知りません、へそ曲げてやります」


「…はは、本当に適いませんね」


「今度ユリアさんには作れない美味しいお茶菓子を作って負かしてあげます、覚悟していて下さい」


「おっと、その勝負は些か卑怯かと、私が絶対に負けてしまうではありませんか」


「ふふ、なんとでも言って下さいな」


「…まったく、本当に可愛らしいお人だ」


「お世辞は聞きません、早くお城にお願いします」


「はいはい、仰せのままに」














 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ