極彩色の世界

□8.柔らかな香りは愛しい檸檬色
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今一番会いたくて一番会いたくない、光。表情のない人形のような顔からは感情が読み取れなくて、縋る気持ちで先輩達を見た。するとモリ先輩は大きな手のひらで僕の頭をふわりと撫で、泣きそうなハニー先輩を連れて部屋を出ていってしまった。その間光はずっと入り口に立ったまま、黙って僕を見つめていた。視線を外せずに僕の鼓動はうるさくなっていく。

「……光」

震える唇がひとりでに言葉を紡いだけれど、それ以上は声が出てくれない。息を飲み込んだと同時に視界がぼやけ、涙が滲んだのがわかった。そのせいでゆっくり近づいてくる光の顔がよく見えない。ベッド脇に膝をつく姿、組んだ手に額を押し付ける仕草だけが滲んで映った。瞬きをする度に頬が濡れていく。光の手や肩は震えているようで、嗚咽を噛み殺した息が静かな部屋でやけに響いて聞こえた。



『…ごめん、』
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お互いが少し落ち着きを取り戻したところで、震えた声が重なる。それは本当に小さな声だった。少しの間を置いて、まさか謝られるとは思っていなかった僕は「え?」なんて場にそぐわない間抜けな声を漏らしてしまった。だって、どうして光が?悪いのは僕なのに。謝られる理由なんてどこにもない。
ぐるぐると考えていると、光はもう一度ごめんと言いながら顔を上げた。その顔は眉根を寄せた切なそうな表情で、僕の胸を痛くさせた。どうして光が裏切り者の僕なんかにそんな顔で謝るのだろう。謝らなければいけないのは僕の方なのに。

「…殿に、聞いた。鏡夜先輩、教えてくれなかったから」

苦しそうに吐き出される言葉の意味が理解できず、僕は瞬きを繰り返しながら光の目を見つめることしかできない。すると立ち上がった光の手が伸びてきて、懐かしくて大好きな匂いに優しく包まれた。光に抱きしめられているのだと理解するまで、ほんの数秒だけかかった。
僕は裏切り者なのに、愛される資格なんてないのに、どうして優しくしてくれるの。どうして抱きしめてくれるの。どうして泣いているの。再びぐちゃぐちゃになった思考回路が、光の言葉を繰り返す。
嫌だ嫌だ嫌だ。知られたくなかった、のに。


大好きな腕の中にいるのに、こんなにも苦しい。
大好きな匂いが閉じた瞼に染みた。

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