光馨小説

□理性と本音の狭間に宙ぶらりんな僕
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部室に入るなり強く腕を引かれ、馨はバランスを崩した。そのまま背中を壁に押し付けられ、目の前には見慣れた光の顔。それが近づいてきたと思った瞬間にはキスされていて、壁の冷たさと熱い唇の温度差にぞくりと震えた。

「んっ…」
「なに馨、感じちゃった?」

反射的に閉じた目を開くとにやにや笑う光が映り、何が「感じちゃった?」だよ!と少しムッとしてしまう。

「あのさ、光。ここ部室、もうすぐ部活。わかるよね?」
「んなのわかってるよ」

不機嫌を少しだけ声色に表してみたが、光はまったく気にしていないようだ。掴んだ両腕も離してくれない。なぜこんな時に限って自分たちが一番乗りなんだと、図書室に寄るからと去っていったハルヒを恨めしく思う。

「馨さ、そんなに睨んでたら可愛い顔が台無しだよ」
「可愛くない、っていうか同じ顔じゃん」
「馨の方が可愛くて色気と儚さがあって綺麗だよ」
.
馨にしては珍しい棘を含んだ言葉にも動じず、よくもまあ恥ずかしげもなく言えるよねと溜め息の出るような台詞を吐く。しかもさっきまでのにやにや顔ではなく、滅多にお目にかかれない真顔で言うものだから性が悪い。

「あ、その顔」
「え?」
「その困った顔、俺すげー好きなんだけど」

耳元で低い声に囁かれると、馨の喉がクッと鳴る。光はそれに笑ったのだろう、柔らかい吐息が耳に触れ、ぞわぞわと全身が粟立つ。

「っ……」
「声、我慢してんなよ」
「ばっか…何考えてんの!?」

こんな場所でこんな時間に、されるがままの自分が悔しい。両腕が自由ならこの盛りついた野獣のような男(悲しきかな自分の兄であり恋人である)を殴りたかった。それが叶わないので、身を捩ることがせめてもの抵抗だった。
しかし光は情事の際に見せる色香を纏ってにやりと笑う。

「馨の理性が飛ぶとこ見たくて」
「は……?」
「涙目で我慢してる馨も可愛いし」
「光…サイテ」

イ、という単語は噛みつくようなキスに塞がれた。深く深く探られて、光という海に溺れて、呼吸の仕方も忘れてしまいそうになる。
漸く解放された頃には、光にもたれかかって立っているのが精一杯だった。必死な呼吸はとても荒い。
.
「馨かーわいー」

いつの間にか腕は離され、優しく抱きしめられた。そしてゆるゆると背中を撫でられると、体の芯がじんわりと熱くなってきてしまった。
(あ…もっと、)
服の上からじゃなくて、お互いの体温を重ねて
(触ってほしい…)

「っ…ひか」
「はい、おしまい」
「え……」
「だってここ部室だし、もうすぐ殿たちもくるだろーし」

ね?と意地悪く微笑まれて、とろんと熱を帯びた馨の瞳は一気に覚醒した。
(最悪だ!僕は今何を考えて…!)
けれども元はと言えば、すべては光の言動が原因である。弱々しく体を押し返しながら、できるだけ冷めた目をして睨みつけてやる。

「光ってほんとに最低…」
「あ、もしかして期待しちゃった?」
「するか!」

にやにやと纏わりつく光を渾身の力で振り払ったと同時に、部室の扉が開き環が登場。そこでなんてよくできたタイミングなんだろうと驚く余裕が馨にあるはずがなく、床に転がり「いてー」とか呻いている光を一瞥し、環を押しのけ外に飛び出した。
.
「馨!?どこに行くのだ!?」

環の呼びかけは無視し、恐らく耳まで赤くなっているだろう顔を隠すために俯いて走る。この体の熱が完全に冷めるまで、どこかにひとりでいたいのだ。
それなのに、

「馨ーっ!」
「う、わぁっ!」

追いかけてきた光に飛びつかれ、あっさりと捕まってしまった。光の腕の中で、持て余していた熱が恥ずかしくて泣きたい気分になる。

「う…」
「ごめん馨、いじめすぎた」

今日はもう帰ろうか。という言葉にゆっくり頷きながら、背中の光の体温をもっともっとと求めている自分に少し戸惑った。




「責任、とってよね」
「……リョーカイ!」




理性と本音の狭間に宙ぶらりんな僕


(だけど君の低く甘い声と熱を持った眼差しはまるで媚薬のようで、僕の理性なんか簡単に崩れ落ちてしまうんだ)

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