光馨小説

□抱いている想いは永遠に揺りかごの中
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君は、知っていますか?




馨が席を外したタイミングで、「最近元気ないけど何かあったの?」とハルヒから声をかけられた。
そお?とできるだけ明るく笑って返すが、彼女は心配そうな表情を崩さない。

「光、無理に笑わなくて良いよ」
「そんな、」
「みんな心配してる」
「……うん、ごめん」

昨日の部活でもそうだ。みんな何かと気を遣ってくれているのはわかった。特に環とハニーは気がつけば近くにいてくれたり、声をかけてくれたり。

「今日は部活休んだら?」
「そうしようかな…」

迎えの車を早く寄越そうか。それとも気分転換に歩いて帰ってみようか。歩きたくなくなったらそこで車を呼べばいい。そうだ、歩いて帰ろう。

「じゃ、僕帰るね」
「鏡夜先輩には自分が伝えておくから」
「ありがと」

席を立ち、ばいばいと手を振る。添えた笑顔は自分でもわかるくらい力無かった。
「馨が戻ったら伝えておいて」と頼もうと思ったが、なんとなくやめた。




ほとんど歩いたことのない道を、記憶を頼りに歩く。傾きかけた陽を浴びながら、ヘッドフォンから流れるのはお気に入りの英国ロック。
(馨は、部活行ったかな…)
携帯の電源は切った。鳴るかどうかはわからないが、鳴ったところで出るつもりはこれっぽっちもなかったから。
それでも過ぎるもしかしたら…という思いは、最近手を出した煙草の煙で無理矢理隠した。

「…にが、」

舌に残る苦味がまるで自分のやりきれない気持ちのようで、ふいに虚しくなった。




部屋のドアを開けると馨の幻が見えた。やっぱり気が滅入ってるんだなあと思い、ヘッドフォンを外しながら一歩踏み出したら、幻に思い切り抱きつかれよろめいた。

「光のバカ!どこ行ってたの!?」
「えっ…、あ、馨?」
「馨?じゃないよ!心配したんだからね!」

ハルヒに聞いたら帰ったって言うし!でも車呼んでなかったし!どこ行っちゃったのかと思った!僕、携帯何回も鳴らしたんだよ!?
と、抱きついたまま一気にまくしたてる馨に気圧され、ごめんと呟く。

「無事に帰ってきてくれたしもういいよ。でもどうして携帯切ってたの?」
「…ごめん、充電切れちゃって」

腕を放し「そっか」と言いながらも、馨はどこか疑いの視線を投げるので、いたたまれない気持ちになった。少し気まずい雰囲気が流れ、それを拭い去りたくて精一杯のちゃかした声を作る。
.
「ていうか馨こそどこ行ってたんだよ?」
「鏡夜先輩に休むって言いに行ってたの」
「なんだ、馨も休むつも…」
「最近光元気ないからさ、心配で」

馨がたまに見せる表情、困ったような優しい笑顔。胸の奥がズキンと痛んだ。

「ねえ、本当にどうしたの?僕にも言えないこと?」
「……っ」
「光が辛そうにしてると、僕も辛いよ…」

ゆっくり伏せられた睫毛には、僅かに涙が滲んでいた。馨は本気で自分を心配してくれているのだ。
だけど絶対に言えない。自分に降り注ぐ馨の優しさは『双子の兄』に向けられた兄弟愛であり、それは紛れもない家族愛なのだから。

「大丈夫、だよ」

部活で禁断の兄弟愛を演じているから、錯覚してしまったのだろう勘違いしてしまったのだろうと考えようとしたし、何度も自分に言い聞かせもした。
でもどんなに努力しても、一度自覚してしまった気持ちを抑えつけることはできなくて、こうして馨の優しさに触れる度に胸が苦しくなる。

「…煙草、前からだよね」

馨が悲しそうな顔をして呟いた。

「何か悩んだり抱え込んだときの光、いつも煙草の匂いがする」
「別に、前から興味があっただけだよ」
.
そうやって少しの異変にも気がつく優しさは、今の光にとってはただひたすら残酷なだけなものであった。

「…僕はずっと、光の味方だよ」

だって僕らは双子の兄弟だもん、と微笑まれ、半分壊れかけていた心がバラバラと砕け散る音がした。





君は、知っていますか?
気づいていますか?



伝えられない想いを胸に抱いて
声にせず紡ぐ君への愛の言葉。

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