dream2

□かじられた指先
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白く細い指を掲げるようにして、ガラステーブルに置いて少女はマニキュアを塗っていた。
つんと鼻をつく匂いに眉をしかめながら近づけば、綺麗な丸い先端の爪は艶やかな赤に塗られていた。
少女には派手で鮮やかな色に、つい、それまで静観していたディーノはマニキュアを掴んだ。
小さな瓶の中で鮮やかな赤い液体が光に反射して異様に艶かしく輝いている。
それを苦虫を噛み潰した顔で見ていると、白い指がすっと伸びて奪い去った。


「塗ってる途中なんだからやめて」

「似合わねぇよ、その色」

「わかってる。でもたまにはいいでしょ」


器用にマニキュアを塗っていく少女の爪は生々しい赤色に侵食されていき、ディーノはそれが、まるで爛れていくようだと感じた。
少女の淡い、桜貝のような爪。綺麗に磨かれた爪先は真珠のように柔らかく輝く。
だがそれは生々しい「女の色」に変わる。
なんだかそれが堪らなく嫌で、ディーノは爪から目を逸らして少女を見た。
伏せられた長い睫毛から覗く真剣な目。浅い彫りの日本人特有の、人形のような顔。赤みを帯びた唇は下唇が厚くて、時々柔らかそうな赤い舌がちらつく。
コケティッシュだ。少女の純白とした清廉さから色付く桃色の
ように、彼女は赤いマニキュアなんか塗らなくてもどんどん女に近づいていく。
それがなんだか、少し寂しい。
幼い頃から泣き虫で弱虫でどうしようもなく甘ったれだった彼女を守ってきたのは自分なのに、このままじゃ横から奪われていきそうだ。


そこまで考えて、立ち尽くしたままだったディーノは少女に近づき、その肩にそっと触れた。
まだ幼い、丸みを帯びた白い肩に、もう大人で、「男」の手をしたディーノの手が触れる様はどことなく背徳感を感じさせたが、それでもディーノはその閉じた蕾のように丸みを帯びた肩に触れた。
そのまま体を屈めて顔を覗き込めば、ブラウンの瞳が戸惑ったように揺れているのが見えて、


「ディーノ…?」


そこでディーノは、堪らなくなった。
目の前の、まだ淡い色の唇に、触れるだけのキスをして小さな体を抱き締めた。
柔らかく波打つ黒い髪が頬を掠めて、甘いシャンプーのような、花の匂いがする。
くらくらする頭で、下唇に少し吸い付いて離れると、濡れた瞳がこちらをじっと見つめる。
まだ、幼い少女だ。十代の、花開く前のあどけなさを湛えた彼女の雰囲気と、今の熱っぽい空気が不釣り合いでひどい背徳に蝕まれる。
彼女の爪が見えた。
まだ乾いていない赤は、キスの際にぶつけたのか、滲んでいる。
その指先を、口に寄せると白い指の腹に舌を這わせて、甘くリップ音を鳴らす。
掴んだままの白い肩は僅かに汗ばんで、しっとりとした少女の柔肌の感触が生々しく手に伝わる。
甘ったるい汗の匂い。女を感じさせる匂い。


「ディーノ、」


甘い、砂糖菓子のような声。
色気なんて微塵も含まれていない無垢で澄んでいて、まだ少女の声に背筋が、甘く痺れる。
ディーノは指先を食んだまま、いつしか少女を組み敷いてのし掛かる体勢になっていた。
見上げた少女の瞳は、危うく揺れて欲と純潔の間でゆらゆらとただよって、誘うようだ。
思わず喉が鳴り、唇に舌を這わせる。
舌舐めずりする獣のようだ。
ディーノはかじりついていた指先を離して、少女の頬に手を這わせ、顔を傾けた。


「んっ、ふ」


キスの合間、必死にシャツにしがみつく指先は赤ではなく純潔の白が覗いていた。
目の前には頬を赤くして必死にキスに応える少女がいて、冷えた思考でディーノは自分がとんでもないことをしでかしたのだと気付いた。
だけど、もう遅い。理性は既に消え失せた。
ディーノは瞳を伏せると、かじりついていた指に指を絡め
て強く握りしめた。


視覚がなくとも生々しく耳に伝わる甘い声は、紛れもなく女の声だった。







(かじられた指先)(罪悪の痕)
 

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