dream2

□絡めとる指
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 今日は生ける干物、もとい伝説たるマダラさんのご所望ということで、コーヒーを飲む。そのため先日、雷は雲隠れくんだりまでわざわざコーヒー豆を買いに行った。現在、ミルで粉砕中。持ち手を回す度に伝わってくる豆の砕けていく振動と、それに伴って香ってくる匂いがとても心地好い。

マダラさんはいつものように一人ぼけーっと椅子に腰掛けて、私がコーヒー豆と一緒に買ってきた一般人向けゴシップ雑誌に目を落としている。彼もときどき鼻をすんすんさせているので、おそらくこの香りを味わっているのだと思う。

湯に浸けて温めていた二つのカップとドリッパーを取り出して、ペーパーフィルターをセットする。この方法が一番お手軽で楽なのだとマダラさんは言う。だったらどうぞご自分でお入れなすって、とも思うが相手は腐っても枯れても伝説の忍のうちはマダラである。そして当分はまだ生にしがみついていることだろう。しぶとい。些細なことでも逆らえないし、そんな気も起きない。砕いて細かくなった豆どもの分量を計って入れて、沸騰した湯を注ぐ。ふわり、香ばしい匂いが立ち上ってきて思わず口をゆるませた。


「どうやらうまく淹れられたようだな」

「そりゃあマダラさんの頼みですし」

「そうか」


そう、ここが嬉しかったのだ。普段は何をするにも上から目線で命令しかしない何様オレ様マダラ様この野郎が、珍しく「コーヒーが飲みたい」などと命令系を含まない言い方で自身の欲求を伝えてきたので、私も今回ばかりは素直にその願いを聞き入れてあげようなどと思ったのである。普段の頑固なひねくれ具合を知っているだけに少々不気味ではあったけれども、単純な私だ、頼られて嬉しくならないはずがない。

今も少し、心の内側がくすぐったい。だってなんだかまるで、その、夫婦みたいな。いやありえないけど。残念なのかそうでないのか曖昧だけど、私はただの一介の駒にすぎない。良くて部下だろう。手下という言い方がぴったりな気もする。


「さ、できましたよ」


 声を掛けて、ソーサーに載せたカップを手渡せば、マダラさんはほんの少しだけ嬉しそうに目を細めた。あ、かわいい。厳格な年上男性が至極稀に見せるギャップを垣間見ることができただけでも、わざわざ雲隠れまで行った甲斐があったというものだ。


「熱いのでお気をつけて」

「年寄り扱いするな」

「めちゃくちゃホットだからオールドマンはビーケアフルだぜ」

「そうか、そんなにおまえは殺されたいか」

「軽い雲流ジョークですよ」

「あそこの軽口は好かぬ」

「でしょうね」


私が角砂糖を二つほど入れてスプーンで混ぜるのを待ってくれているあたり、なんだか今日のマダラさんは少しばかり優しいなと思う。いつもなら構わず先に飲んでるだろうに、ほんとにどうしたこの人。


「あ、コーヒーフレッシュいります?」

「生憎ブラック派でな」

「御髪は真っ白ですけど……って冗談です冗談ですだからそう睨まないで」

「おまえのそのつまらん冗談好きはゼツどもの影響か……?」

「なにー、ボクらのこと呼んだー!?」


 そのとき、私とマダラさんの間の机の上から唐突に、にょきっとゼツが一匹顔を出してきた。予想外の急な登場方法に、というか生首が机からはえてきたら誰だって驚いて当然だろう。思わずビクリと肩が跳ねたせいで、手に持っていたフレッシュが服に飛んでしまった。

たらり、垂れる白に言葉をなくす。ほんの数ミリの量でも意外と広範囲に被害を及ぼしていて、目眩がした。これは染みになりやすいのに、ゼツてめえ……。

生首は私をちらりと見て、マダラさんを見て、最後にもう一度私を見てから「ゴメンゴメン、お邪魔だったみたーい」と軽い謝罪もそこそこに再び地面に潜って消えた。あのクソ木偶何しに来たんだよ、よくも私のフレッシュと服を……! 

 しかし自分より優先すべきは、向かいで眉間に皺を寄せて沈黙を貫くマダラさんである。


「すみません、うっかり。マダラさんは掛かっていま……なんです」


席を立って布巾に手を伸ばそうとしたら、マダラさんにその手を掴まれた。その目は、明らかに私……ではなく、服についた白に目を向けられている。黒地に白汚れは目立つからなあ、と思っていれば、あろうことか躊躇なく服についたそれを指先でぬぐい取られた。

っていうか今、胸触られた。確実に乳もまれた。


「……おいマダラさんてめえ」


けれども彼は構わず液体を確かめるように神妙な顔で指先を擦り合わせている。その行動が何を意味するのか気付いてしまって呆れた溜め息をつけば、マダラさんはさっき見せてくれたものとは全く違う、優しさの欠片もないニヤリとした笑みを浮かべた。


「着衣も悪くない、か」


そんなことを呟いて、ぺろり、指先の白が真っ赤な舌に絡んで消える。

……あまりにもそれが扇情的だったものだから、「誰が下の世話まで付き合うかよこの耄碌爺」なんて憎まれ口を叩ける余裕も無くなってしまった。


(2014 09/02)
 

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