dream

□君とボクの初体験
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夜も更けてきた頃。自室で本を読んでいた。昼夜問わず騒がしい船上では、ひとりきりの寛げる時間は私にとって貴重なもので。なのにこの男は晩酌に付き合えだなんて、ノックもなしに部屋に入り、遠慮の欠片もなく居座る。


「お前、ピアスなんか開けてたか?」


酒臭くなった部屋に内心 舌打ちをしつつ、読書を続けていると、なんの脈絡もなく彼が言葉を発した。視線を向けると、いつの間にか彼の手のひらには、瞳に赤い石が嵌め込んである猫のピアスがひとつ。もうひとつは、指で摘まんで電球の光に透かすようにして、覗き込むように見ている。確かあれはネックレスや指輪と一緒に棚に入れて置いたはず。


「ちょっと、漁らないで」

「なぁ、開いてたか?」


人の話を聞いているのか、いないのか。確実に後者なのだか、彼はピアスから視線を外し、私を見つめる。本を閉じて、溜め息をひとつ。身体ごと彼の方を向くと、構ってもらえると判断したのか、嬉しそうに笑みを深くする。なんだか癪だな、なんて思いながらも答える。


「開いてるけど、付けてないだけ」

「何でだ?」

「他に気に入ってるのがあるの」


そう言うと、彼はピアスを持ったままの手で、私の髪を手の甲で持ち上げた。髪で隠れて普段は見えないが、私の耳には短いチェーンの先に青い石が付いたシンプルなピアスが揺れている。それを見て何故か不満そうに眉根を寄せる彼。


「こっちは付けねぇのか?」

「今つけてるピアスを取るつもりはないもの」

「なんでだよ」


これを見つけたのは、かなり前の島の露店だった。猫と赤い石が彼を連想させた。そして気がついたらそのピアスを買っていたのだ。その時は、ずいぶんと彼に洗脳されているな。なんて自嘲した。帰り道にその事を思い返すと、だんだんと彼に対して負けているように思えてきて、腹立たしくなった。そして船に戻ると、一度も付けることなく棚にしまった。


「これ、俺だから買ったんだろ」


なんであんたが知ってんのよ。そんな気持ちが顔に出てしまったのか、笑いながら、酔ったヤソップが教えてくれた。と笑う彼。確かにヤソップとベンには話した覚えがある。よし、明日はヤソップが泣いて謝るまで酒に付き合わせよう。私の酒癖の悪さを思い知ると良い。そう考えていると、彼が私の耳を触る。驚いて彼を凝視すると、耳元で金属音が。


「お前には俺が似合うって」

「ちょ、なにして……」

「ほら、な。やっぱり似合う」


彼の手には、私が付けているはずのピアスが。先程と同じように、電球の光に反射させている。彼に手を差し出すと、取られまいとピアスを持つ腕を上げる。


「返して」

「もう片方も付けてやるよ」

「やめて、てば!」

「うおっ」


もう片耳に手を伸ばす彼の肩を押すと、急な事に彼はバランスを崩す。瞬間、唇に温もりを感じた。それが彼のものだと理解するには、時間はかからなかった。しかし、認めまいとする脳が邪魔をして、視界が歪む。彼が身を引いて、再び射し込む遮断されていた光が、目に痛い。


「あー…と、」


少し複雑そうな顔をして頭を掻く彼。頬が仄かに赤い。それを見て、自分の顔が熱くなるのを自覚する。このピアスを買った時の自分を思い出すと、何故か開けたばかりの頃のようにピアスの穴がひりひりとして、それに同調したかのように胸が痛んだ。




(無感情は想いを宿し)
(そして恋を愛に変えた)

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