空式恋愛

□青と始まりまで
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『青と始まりまで』

ドラマや映画で見るようなキャンパスライフ。
そんなものへの憧れはとっくの昔に捨ててしまった。
大学入学から早二ヶ月。浮足立っていた同回生達も、バイトだサークルだと各自の生活リズムを作り出していた頃だ。
今までとは違う授業の形式にも大分慣れて、力の抜きどころも解り始めている。
中堅所のこの大学は、出身地も生い立ちも様々な生徒が集まっている。
田舎から上京してきた自分にとって、初めての一人暮らしにアルバイトと、慣れないことは多かったはずだが、感化されやすい自分の性格には、どうやら都会の生活に馴染むのも難は無かったようだ。何か新しい趣味でも見付けようか、なんていう余裕さえ出来てきていた。

バタン―

風圧で重い扉が閉まる音が広い教室内に響いた。
授業開始から随分時間が経つが、生徒が出入りするのも珍しいことではない。
それほど簡単に入れる大学ではないはずだが、自分の高校時代にはありえなかった遅刻や早退も平気で行われることも、既に慣れてしまった。
随分白髪の目立つ、年配の教授はそんな生徒を気にも留めずに授業を続ける。
それは生徒達も同様で、視線を上げることすら無い。
後ろ寄りの席から教室内を伺えば、携帯を弄ったり隣同士で小声で喋っている者もいる。
生憎授業選択を一人で行ったせいか、その後できた友人達とはほとんどの授業が別になってしまっていた。
一人で受ける授業は気が抜けない。それこそノートを取り忘れたからと言っても、それは自己責任でしかないからだ。

バタン―

視線をその音に合わせたのは、本当に偶然だった。
慣れ始めた授業に少々気が抜けていたからかもしれない。
途端に目に付いたのは、明からに異常な青い髪の毛だった。
多分相当お洒落なのだろう、どんな店で売っているのかも解らないような洋服に身を包んだ彼は、随分だるそうに足を引きずる。一番後ろの席に腰かけたのだろう、どさりと荷物を置く音が聞こえた。
なんだアレは。
実際目にすると、やはり東京は色々な人がいるのだと感心する。
大学に入ってからというもの、奇抜なファッションや髪形の者を見かける機会は多くなったものの、自分の記憶を辿ってもあんなに衝撃的な格好は見たことが無かった。
少しくすんだ青い髪の毛。彼との出会いは少しの衝撃を俺に与えていた。



青い髪の彼を初めて認識してからというもの、今まで意識していなかっただけなのか、学内であの十分目立つ頭を見かけることが多くなった。
とは言っても、自分とはきっと対極の生活を送っているだろう人種とは、そもそも関わる機会が無い。
派手な出で立ちもさることながら、類は友を呼ぶとでも言うように、同じような人間が一つのグループを形成していた。
僅かにそういった学生生活に憧れていたものの、やはり今更自分の性格を変えるのは難しく、田舎から上京した自分がそうなれるかもしれないという希望は微塵も残ってはいなかった。
ただ何故かあの青い髪は自分の関心を誘うらしい。
それは大多数の者達も同様で、遅刻しがちな彼が講堂のドアを開く度に、視線が彼に注がれるのももはや恒例となってしまっている。

「今日もバイトか」
「金曜日に休みが取れるわけないだろ」
「それもそうか」
「何か用事でもあったか」
「いや。特に何も」

友人とこういう会話をするのはいつものことだ。
下に三人も兄弟がいれば、必然と金銭的にはシビアになるもので、生活費のほとんどを自分自身で捻出することは上京と同時に両親と約束したことだった。
当然のことながら私生活のほとんどの時間をアルバイトに充てている。
救いなのは今の仕事が自分に合っていることと、中高と運動部で鍛えた体が大した疲労ではへこたれないことだ。
週に六日もアルバイト先にいることもあるので、大学生活を謳歌出来ているのかと問われれば自信が無い。
休日前の今日は営業時間も長く、勤務し始めて大した時間が経ってはいないものの、仕事の量が多くなることに少しげんなりしていた。
 
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