神を肯定できないしにがみの話

□U]
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月光に照らされたロンドン。

その街並みは、普段よりも深い静寂に包まれているような気がした。

「…“UnderTaker”…」

その店に、伝説の死神がいる。

なんで葬儀屋なんかやってるんだろうと思ったけど、人間界でなら俺達に一番近い仕事か。

「(どんな死神なんだろ…)」

厳かで気品のある死神を想像してたけど、実際に会ったことのあるスピアーズ先輩曰く、

「かなり不気味…ゴホン、少々変わった御方です」

らしい。

なるほど、わからん。

「…ま、会えば分かるか」

とにかく、伝説の死神からシャロンの情報が貰えるかもしれない。

流石にかなり緊張もするが、それでも知りたいという思いの方が断然強い。

「…うん…?」

屋根の上を飛びながら気付いた。

人間界にいる伝説の死神が、どうして死神界の彼女の情報を握っているんだ?

医師もあの様子だと、確実に事情を知っている。

というか、事情を知っている死神ってどのくらいいるの?

「………」

管理課のスピアーズ先輩。

回収課よりも上の地位の死神が多い管理課で、先輩は情報を小耳に挟んだ。

もしかして。

「お上(かみ)…?」

そうだ、普通に考えれば単純なことだ。

協会に入るのにあの瞳が問題にならないわけがない。

それでも彼女を受け入れることを決めたのは、俺達よりもはるかに地位の高い死神達。

お上の連中が、シャロンの事情を理解した上で回収課に招いたんだ。

だから伝説の死神にも話が通っている。

…あれ、なんか思ってた以上に複雑そうなんだけど。

これ、俺が単独で動いて大丈夫なの?

「(サトクリフ先輩でも連れてくれば良かったかな…)」

多分、俺らみたいに事情を知らない死神の方が多いんだろう。

今更だけど、ここまで首を突っ込んじゃって良かったのかどうか…。

もーなんか細かいこと考えるの面倒になってきた。

「!」

思考を放棄しようとしていた矢先、おかしな気配を感じた。

前方からだ。

「(あれ…この気配…)」

以前にも感じたことがあるような気がする。

そうだ、シャロンと共にあのファントムハイヴの悪魔と対峙した時。

「……!」

一瞬、見間違いかと思った。

…いや、確かに前方の屋根の上に見える。

風に揺れる、“黒いフード付きのコート”が。

「シャロン…?」

トン、と音を立てて彼女の真後ろに降り立つ。

だが、彼女は俺にフードを被った後ろ姿を見せたまま、その場でぽつんと立ち尽くしていた。

「(…ちょっと待って)」

おかしい。

気配がおかしい。

確かに死神のものも混じってる。

けれど、別の魔物ともとれるような感じもする。

前に感じた時に疑問に思えば良かったのに、曖昧だった上にあの後色々ありすぎて見事にスルーしてた。

それに、こんな近距離で俺に気付いていないわけがない。

……妙だ。

「シャロン、だよな…?」

声をかけたら、その肩がピクリと揺れた。

そして、不気味なほどゆっくりとこちらに顔を向け始めた。

その瞳の藍色と目が合った瞬間、

「っ!」

ピシッ、と辺りの空気が凍るような違和感を感じた。

同時に、

「…はっ…?」

口から呆けた声が漏れた。


──身体が、動かない。


「(な…何だこれ…!?)」

ちょっと待て、わけわかんない。

手足を無理矢理動かそうとする度に、関節がギシギシと鳴る。

何故だか口も上手く回らない。

ゆらり、とシャロンが俺に一歩近付いた。

「……!」

藍色の瞳が微かな光を放っているのが見えた。

無表情のまま、フラフラとこちらに歩みを進めてくる。

明らかに正気じゃない。

「(おいおい…冗談きついって…)」

シャロンは目の前まで来ると、俺の首筋に向かって指先を伸ばした。

ひやり、と素肌に感じる氷のような冷たさ。

まるでその瞳の色に同調しているかのように、温度の感じられない指先だった。

「く…っ!」

ダメだ、動けない。

マジで何なのこれ、術とかかけられてんの?

死神がこんな力使うとか聞いたことないよ。

というかシャロンの顔がめっちゃ近いんだけど、もしかして襲われてんのか俺。

…やばい、何も出来ない。

予想だにしなかった状況の中で頭をフル回転させていると、シャロンがおもむろに口を開けるのが見えた。

「──っ!」

その光景に目を見開く。

直後、シャロンが俺の首元に顔を埋めた。

耳にかかる彼女の吐息の温かさだけが、俺の全神経を支配した。





(まさか)

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