神を肯定できないしにがみの話
□Y
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「お疲れ様」
「マジ疲れた…」
テーブルを挟んで向かい合うシャロンに、俺はぐったりと返事をした。
「残業にならなくて良かったね」
「ギリッギリだったけどな」
酒に弱いと言うシャロンに配慮して、俺達は任務後、飲み屋ではなく喫茶店にいた。
シャロンは頼んだアッサムをちびちびと飲み、俺はコーヒーに角砂糖を1つ落とす。
「あの家屋の中にいた人間、死ぬ直前に厄介なことしてくれたな」
「悪魔を大量に呼び出していたのは彼だったみたいね」
そう。
あの家屋の中にいた人間はリストの通り、行き倒れて餓死した男だった。
だが、そいつは死ぬ直前にどこで覚えたのか、低級悪魔を召喚する魔方陣を家屋の中一面にびっしりと書き残していたのだ。
通りで悪魔が大量発生するわけだ。
「ホント人間のやることって分からないよなー。しわ寄せは自分に来るのに」
「今回はあたし達に来たようなものだけどね」
シャロンも疲れたように小さくため息を吐き、カップを持ち上げた。
…そう言えば、色々あって忘れてたけど、
「(あの声、シャロンだったよな)」
散れ、と冷たく響いた声がまだ耳に残っている。
シャロン流の威嚇でもしたのかなーなんて、俺は軽く考えていた。
だから何となく聞いた。
「俺のところに駆け付けた時、何したの?」
ピタ、とシャロンが手を止めた。
「……見、たの」
「え?」
「何か見たの?あの時」
藍色の眼差しが俺をじっと見つめている。
やけに真剣な声だった。
「いや…目やられてたから何も…」
見たと言うか、聞いたの方が正しい。
自分で言って気付いたが、あの時は視界が奪われていたからシャロンが来た時は何も見えていなかった。
「そう…」
…気のせいか、シャロンはどこかホッとしたように紅茶を口に運んだ。
「普通に斬っただけだよ。あのデスサイズの扱いもかなり慣れてきたし」
「あ…あぁ、そっか」
頷くしかなかった。
よく分からないが、聞かれたくないことがある。
そんな気がした。
「ごめんね」
「う、ぇ?な、何?」
また急に謝られて変な声が出てしまった。
デジャヴじゃん、落ち着けよ俺。
「あたし散々誘い断っといて、今更こうやってお茶に付き合うの…なんか図々しいよね…」
シャロンの台詞を少し考えてから、俺はようやく気付いた。
「あぁ、ランチのこと?」
「うん」
まぁ確かに、あんだけ頑なに断ってたのに今日は普通に付き合ってくれたな。
自然すぎて何とも思わなかった。
「…大方、自分といるとノックスまで避けられる、とか思ってたっしょ?」
「!」
シャロンがピクリと反応した。
この辺は分かりやすいな。
「そんなん気にしてなかったよ、俺は。むしろツンデレのツンだと思ってた」
「でもごめん…罪悪感はあったんだけど…」
「…へぇ」
俺はちょっと考えた。
「なら、教えてよ」
シャロンの目を見て、少し首を傾けた。
意味深な笑みを浮かべる。
「なんで今はこうして付き合ってくれてんの?」
「………」
正直、動揺することを期待していた。
冗談半分でもその気があるのかも、とか勝手に思っていた。
しかし、シャロンの答えは最もだった。
「目を見てくれるから」
「…あ」
シャロンは残りの紅茶を啜って、空になったカップを置いた。
肩から銀髪が音もなく落ちた。
「目を見て話してくれる人は…上手く言えないけど、大丈夫な気がするの。ノックスもそう」
「も、って?」
「スピアーズ先輩とか、サトクリフ先輩も同じ」
予想していた答えだった。
あの先輩達は自分を持ってる。
「…随分打ち解けてくれる気になったんだな、シャロン」
そう言ったら、シャロンが軽く微笑んだ。
「ノックスみたいなの、普通に好きだよ」
「!」
うわ、素で言うのか。
「(…どうせ友達として、だろ)」
分かっていても少し寂しかった。
しかも普通にって。
「(普通以上って言ってもらえたらな…)」
彼女が心を開ける存在になりたい。
素直にそう思った。
(そろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃないかなぁ)
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