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□思いやりと優しさ
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部活が終わると日も大分傾き
学校はオレンジ色に染まって
いた。そんな校舎に、俺は入
る。特に用事なんかない。た
だ、ある目的のために作った
くだらない口実を理由に教室
へと向かっていた。先輩達が
不思議そうに俺を見ていたが
気付いていないふりをした。

誰もいないはずの教室。だが
その教室は電気がついたまま
だった。誰がいるのかなんて
確認しなくてもわかる。クラ
スメイトの、…馬鹿な女だ。

以前弁当箱を教室に忘れたと
思い出し部活中に教室に戻っ
たときにもそいつはいた。そ
のときは、無理矢理押しつけ
られたのだろう教室の掃除を
していて……「なんでお前が
やっている?」と問い掛けれ
ば『掃除が好きだから』と、
そう答えた。普通の人間なら
あぁ、そうかと納得して終わ
るのかもしれないが、俺には
その時に見せた表情が無理を
しているようにしか見えなか
ったんだ         


「……………」      


口実を作って教室に戻ってき
たはいいが、中に入ろうか躊
躇してしまっていた。なんと
いえばいい?どんな顔して、
入ればいいんだ?俺は教室の
ドアの前で立ち尽くしていた




ガラッ          


突然開いたドア。目線よりも
大分下の位置にそいつは立っ
て俺を見上げていた。何やら
重そうな、たくさんの紙を抱
えて           


『………海堂くん。また、お
弁当箱でも忘れた?』   
「あ、あぁ……まあ…そんな
感じだ」         


覚えて、くれていた。へらっ
と笑いながら問い掛けてきた
こいつには何も…言えなかっ
た。“お前を心配して戻って
来た”……なんて     


『海堂くん。私、この書類提
出してこなきゃいけないから
いくね。部活お疲れさま。そ
れじゃ』         
「え……あ…ちょ、ちょっと
待て!」         


少し微笑んで俺の横を擦り抜
けたこいつを焦った声で呼び
止めると不思議そうな顔で振
り向かれてしまった。俺も、
自分がよくわからなかった。
いったい何が、したいのか。
ただ一つわかっていることは
このまま別れたくないという
ことだけだった。少しでも一
緒にいたかったんだ    


「それ、もってやる」   
『え?いいよ。平気だよ?』
「いいから貸せ」     
『だ、だめだって!』   


俺は無理矢理書類を奪い取っ
た。……は?放送委員?こっ
ちは生活委員。何でこんなの
やってんだよ…お前、学級委
員長だろ?よく見ると、その
下には学級日誌まであった。


『……………』      
「…………おい」     
『……………』      
「…………おい、あゆ」 
『…え?名前…』     
「う、うるせぇ!とにかく、
この書類はなんだよ。お前こ
んなに委員会やってたのか」
『それは…そのっ…』   


溜息が出た。まただ。こいつ
は救えねぇほどのお人好し。
頼まれれば、絶対に断らない
いつも笑顔で引き受ける。宿
題も、委員会も、掃除も、日
直も、面倒ごとも、皆が嫌が
るような仕事もいつからか皆
こいつに頼るようになってた

いや、正確には“おしつけ”


携帯の番号までクラス中が知
ってる。学校でも、家でも頼
られっぱなし。確かに光栄な
ことかもしれねぇ。…けど、
そんなこいつを見ていて俺の
中で一つの疑問が生まれたん
だ            


“こいつはいったい誰に頼っ
ているのか…。”     


俺は特に話したこともないし
ましてや携帯の番号なんかも
もってない。こいつのことな
んか全然知らない。だけど、
なんとなくそう思った。聞い
てみたく、なったんだ…  


「……おい、お前は…その、
大丈夫…なのか?」    
『え?…何が?』     
「だから、その…お前だけい
つも…」         


そこで、俺の言葉は止まった
言葉にできないことがこんな
にも悔しいことなんて…今ま
で思ったことがなかった。い
つのまにか立ち止まっていた
俺たち。沈黙が……苦しい。


『海堂くんは、すごいよね』


不意に、あゆが沈黙を破っ
た。訳が分からなくて、俺は
顔をしかめる       


「は?俺がすごい…?」  
『うん』         
「別にすごくなんかねぇぞ」
『……フフッ』      
「な、何笑ってんだよ!」 
『ごめんごめん。ただね、海
堂くんのそう言うところが好
きだなって思っただけ』  


そしてまた、フフッと綺麗に
笑った。単純だって思うかも
しれねぇ。けど、笑ったって
いい。俺はこいつが…あゆ
が好きだと、思った    

たった今…いや、たぶんずっ
と前からあゆのことが、好
きだった         


『テニスの練習、大変なのに
海堂くんはいっつも努力をし
てるから』        
「それは別に…普通だ」  
『違うよ。海堂くんが日直の
ときはいっつも黒板が綺麗。
掃除当番の時は教室がピカピ
カ。授業だってちゃんとうけ
てるし、それに……』   
「…………」       
『それに、こうやって私が大
変なときはいつも…海堂くん
は、助けてくれる』    
「そ、それはたまたま――」
『ありがとう、海堂くん』 
「……っ」        


もう、我慢できなかった。書
類も、日誌もその辺の棚に置
いて……あゆを抱き締めた
いつも頑張ってるお前だから
お前の頼れる奴は、……俺で
あって欲しかった     


『かかか海堂くんっ!?』 
「小さいな、お前」    
『ちょっ…いきなり何!?』
「こんなに小さいくせに、抱
えてるものがでかすぎる」 
『え……』        
「俺は…お前が好きだ。付き
合えとは言わねぇ。ただお前
が頼るのは俺に――」   


『――も』        


“俺にしろ”という言葉は遮
られ変わりにあゆのくぐも
った声が聞こえた     


「え?……って何で泣いてや
がる!わ、悪い!つい、なん
というか勢いで…」    
『嬉しかった』      
「…は?嬉しい……?」  
『うん。私も海堂くんの事が
好き……だから』     
「ほ、………本当か…?」 
『うん!』        


俺は再び、あゆを抱き締め
た。強く、強く…離れないよ
うに。初めて腕の中に収めた
女という存在は本当に小さく
て…でも俺なんかよりもずっ
と強くて、……弱い    


暫くして背中に腕を回しなが
ら胸に頬を擦り付けてきた 
あゆが愛しくて、俺の気持
ちを全てのせたキスを…  





お前に






お前を好きだという気持ちは
誰にも負けねぇ。お前は、俺
が守るから        


だから安心して笑っていて 







思いやりと優しさ
(それは隣同士に座ってるの)







「前から思っていたんだが…
お前、優しくはないよな」 
『え……ひど』      
「だが、お前は思いやりに溢
れてる」         
『何が違うの?優しさと』 
「チッ…優しくなんて誰でも
できんだよ。この世に優しく
ない人間なんてほとんどいね
ぇからな」        
『今私のこと優しくない人間
に認定したの海堂くんだよ』
「いいか。思いやりってのは
心から湧き出た優しさだ。見
返りを求めたり、いいことを
したと思っているようなのは
“ただの”優しさなんだよ」
『じゃぁ、私の海堂くんへの
“愛”も思いやりかな?』 
「お前、一方的でいいのか」
『大丈夫。海堂くんは私にぞ
っこんだから』      
「なっ!!ば、馬鹿!!」








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