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□"約束"とは未来を
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今日も、いなかった。最近毎
日かかさずこの大木の下へと
足を運んでいるが、今だに会
えずにいる。まぁ当然といえ
ば当然なのだ。特に約束をし
たわけでもないのだから…。
だが俺はあの日から…毎日こ
の大木の下で昼を過ごしてい
る。物思いに耽りながらふと
空を見上げれば、木漏れ日が
暖かく俺を包んでいた   

あぁ、例えるならまさにこれ
だ。ギラギラと輝く太陽では
なく、隙間から染みゆくよう
な…そんな光       



「……?」        



目を閉じてあの日のことを思
い出していた時。突然自分の
周りに影ができたように感じ
た。と、同時に人の気配。不
審に思って目を開けると…彼
女があの日の笑みのままで俺
を覗き込んでいた     



「あ、……お、お前…」  
『……』         



突然あらわれた待ち人に、俺
は動揺してしまいうまく言葉
が出てこない。だが、彼女は
そんな俺を気にとめるもなく
何も言わず黙って隣に腰を下
ろした。風によって運ばれて
きた彼女の香りに俺の心臓が
ドクンと大きな音をたてた。

そのまま会話もなく時間だけ
が流れていく。続く沈黙でさ
えも何故か心地よく感じられ
る、彼女との間に流れる時間
は、特別だった      

ちらりと隣に視線を動かして
みる。彼女は何をするわけで
もなく…ただ、静かに小さく
座っているだけだ。時々する
あくびやくしゃみに思わず自
分の頬がゆるむのを感じた。




パチ           


目が、あってしまった。調子
に乗ってじっと見つめてしま
っていたようだ。不思議そう
に俺の様子を窺っている。暫
くそのまま固まっていると、
彼女は突然立ち上がり歩き始
めた           



「ま、待ってくれ!」   
『……』         
「待て!」        
『……』         



彼女は、以前初めて出会った
ときもそうだった。彼女はい
つも突然現れ、突然去ってい
く。引き止めても振り向かな
い。今日もまた…何も語らず
去っていこうとしている。腕
をつかんで強引にでもつなぎ
とめることもできるはずなの
に、俺にはそれができないで
いた。だがこのままでは後悔
の繰り返しだと思った俺は、
問わずにはいられなかった。



「頼む!せめて…せめて名だ
けでも!」        
『……椎名、あゆ』  
「な…」         



俺の声に立ち止まってくれた
と思ったら、返ってきた声に
俺はフリーズしてしまってい
た。暫くして我にかえった後
自然とにやける頬に叱咤する
も納まる気配がない    



「そうか、…椎名というの
か。」          



独り言のように呟いた俺の声
は大木だけが、聞いていた。





□ □ □





椎名と最後に会ってからも
う一週間もたった。うんざり
するほど長く感じる一週間に
苦笑いする。もしかしたら、
もう会えないのではないかと
不安にもなってきてしまって
いた。彼女からは絶対に会い
に来たりはしない。フラッと
現れたその場所に俺が居なけ
れば椎名には会えないのだ


…ダメだ、会いたい    

忘れようとするほど己の心に
どんどん深く入り込んでくる
存在に俺は戸惑いながらも認
めざるをえない      


これが、“恋”と言うものな
のだと          




「俺、知ってるっスよ!!」



“恋”だと認めた俺は、待っ
ていることに耐えられなくな
ってしまった。会いたいとい
うこの想いだけに突き動かさ
れて、気が付けば何故か突然
椎名あゆと言う人物を
知らないかとR陣に問い掛け
ていた          



「ついでに言うと椎名は俺
と同じクラスっス!」   
「ほ、本当か…?」    
「本当っスよ!それで、真田
副部長…椎名がどうかした
んスか?つーかなんで副部長
が椎名のこと知ってるんス
か?」          
「そ、それは…」     
「椎名は学校、来てないの
に」           
「…何?」        



学校に、来ていないだと…?
だが赤也が嘘を吐いていると
は思えない。本当の話のよう
だ            



「弦一郎、お前がここのとこ
ろ毎日待っている人物はその
子なのだな」       
「あの真田くんが…」   
「ちょっと信じらんねぇ……
な、ジャッカル」     
「あ、あぁ…そうだな」  
「プリッ」        
「はは、明日から季節が引っ
繰り返ったりして」    
「真田副部長!!もしかして
……もしかしなくても、恋っ
スか!?」        
「そうだ」        
「「「……は?」」」   



ニヤニヤしながら聞いてきた
赤也にそうだと答えれば、R
陣が一斉に素っ頓狂な顔にな
った。俺は真面目に言ってい
るのに、全くひどい奴らだ。


その後の練習でも椎名のこ
とばかり考えてしまい精市に
何度も注意されてしまった。
うむ、たるんどる。しっかり
しなければ        

そんな、練習に身が入らない
ような日々が続いたある日の
ことだった        




「弦一郎、あそこ」    
『ん?どうした精市…?』 



精市の指差した先にいたのは
椎名だった。木の下に腰を
下ろし真っ直ぐにこちらを見
つめていた。その吸い込まれ
るような瞳に、俺は引き寄せ
られて気付けば彼女の目の前
に膝をついていた。絡まる視
線に上へ上へと集まる熱。溢
れだした想いに俺はその手を
とって言葉を紡いだ    

「好きだ」という一言を  



驚いた顔をした椎名。いつ
もやわらかく微笑んでいる顔
が一気に真っ赤になった。今
だに握り続けている手も振り
払われることはなかった。俺
は少しでも、受け入れてもら
えたのだろうか…?俺は必死
になって椎名の瞳に訴えた



「俺は約束はしない。だが、
これからも俺に会いに来てほ
しい。好きだ。どうしようも
ないくらい…好きなんだ。」





この気持ちに偽りはない。ご
まかしなんて何処にもない。
ただただお前が好きで…だが
こんな恋愛も有り、だろう?



理由なんていらない。お前の
存在さえあればそれでいい。
愛を抱き、慈しみ、育てて。

いつかこの手に閉じ込められ
たら。幸せを共有できたら。
二人この世界を眺められたら


……生きていることに感謝で
きたら          






それは、なんて素晴らしいん
だろう。輝く命に、意味や言
葉が必要だろうか     





"約束"とは未来を
(己に縛り付けること)




“恋”が“愛”に変わる瞬間


お前の瞳に俺がいて    

俺の瞳にお前がいたなら  


それ以上の幸せはないだろう





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