short

□さよならを言う練習をする
1ページ/1ページ






『ねぇ景吾。前に私のシアワセ
が一番大事だっていってくれた
よね?』          
「ん?あぁ、言ったな。それが
どうかしたのか?」     
『……私と、別れて欲しいの』
「は?…なんの冗談だ」   
『本気だよ、私は』     



ついに、いってしまった。自嘲
の笑みを浮かべながら景吾を見
上げると、何時もの上から目線
な目が動揺で揺れていて、吊り
上げた口角も歪んでいた。声は
俺様口調のままなのに震えてい
て、私がどれだけ景吾を傷付け
ているのかが嫌でもわかって泣
きたくなった。泣きたいのは景
吾の方なのに。最後まで私は我
が儘で自己中で、どうしようも
ない女だったね。      


付き合ってからもう二年も経つ
けれど、私は景吾に迷惑かけて
ばかりだった。だけど私は毎日
が楽しくて仕方なかった。二年
なんて本当にあっという間で。
そしてシアワセだった。   

私がまだ中学生だった頃、たま
たま彼の放ったテニスボールを
私が拾ったのがすべての始まり
私は気紛れでした学校から家路
までの遠回りの際に、誰もいな
いコートで一人、黙々と練習し
ていた景吾を見つけた。汗だく
になりながらもただ一心に一つ
のボールに集中する姿に私は魅
せられた。         

人前では偉そうで、傲慢で、唯
我独尊な彼のその姿を支える努
力を知った私。その日から私は
自然と理由もなく、彼に惹かれ
ていった。だが、今考えれてみ
るとただ彼の皆が知らない一面
を知ったということが、何より
嬉しかっただけなのかもしれな
いと思った。私は醜い女だ。自
己満足な恋愛だったと言われて
も否定できない自分がいる。 


私は何時も同じ時間、同じ場所
に居座り続けた。意味のない遠
回りをして、ただ彼を眺める毎
日。話をするわけでもましてや
目が合うわけでもなかった。た
だ私が眺めていただけ。   

そんなある日偶然私の前に、テ
ニスボールが転がってきた。そ
れを手渡した時に一瞬触れた熱
っぽい手が私の心を沸騰させて
ゆでだこになった私の顔を見て
優しく、そして意地悪くほほえ
んだ景吾に私は改めて恋をした
のを今でもはっきりと覚えてい
る。            


それから練習後に少しだけだけ
ど話をするようになって、学校
でも会えば声をかけてくれるよ
うになった。周りのどよめきや
悲鳴を気にも止めず私に向けて
くれる笑顔に、私はどんどん夢
中になっていった。景吾も真っ
赤になる私のことをバカにしな
がらも、優しく大きな手で頭を
撫でてくれた。       


俺様だけど周りの心情に誰より
も敏感で不器用でも優しくて。
そして何よりも、テニスが大好
きな景吾が…私は大好きだった

そう、本当に大好きだった。愛
してたといってもあながち間違
いじゃない。愛なんてよく分か
らないけど、どうしようもなく
愛しいというあの感情は確かに
愛なのだと幼い私ながらも思う
のだ。           


出会ってから3ヶ月がたった頃
景吾が連れていってくれた海岸
で私に何よりも嬉しい言葉をく
れた。冷たい海水に足を浸け、
はしゃぐ私を優しく引き寄せて

景吾らしくもなく、暗闇でも分
かるほど顔を真っ赤にして「好
きだ。」と一言だけ。呟くよう
な小さな声で        

真っ直ぐ射ぬくような瞳に、涙
があふれてグシャグシャになっ
た不細工な私が映っていて恥ず
かしくて俯いたのを、景吾が肯
定の頷きだと勘違いして抱き締
めてきたときは本当に焦った。
でも驚いて顔を上げた時に見た
景吾の顔が余りにも幸せそうだ
ったから、私の口が無意識のう
ちに好きという言葉を紡いでい
て。それを聞いた景吾は優しく
キスを落としてくれた。そんな
幸せな思い出。       

今でも鮮明に思い出せる。いつ
までも色褪せることのない、二
人だけの大切な記憶。あの時交
わした言葉も、その時の声も、
息遣いも、表情も、仕草も、す
べてあの時のままで     


お世辞にもロマンチックとは言
えない告白シーン。後で景吾の
勘違いだったことを話したら俺
様としたことが…と相当悔しが
っていた。そして後でもう一度
改めて告白する…と言ってくれ
た。でもそれってプロポーズだ
よね?と言った私にそうだと真
剣な目をしながら答えた景吾。
幸せだねと言い合ってキスをし
てそして二人で笑いあった。今
思えばあの告白シーンは私達に
はお似合いだったのかもしれな
い             

着飾らなくてもいい唯一の居場
所が、二人きりの空間だったか
ら。景吾がいればなんでもよか
った。私の世界の中心は景吾だ
ったから。         

この先ずっと、この命尽きるま
で時間を供にしていくのだと二
人信じていた。でもそれを私は
裏切った。ごめんね、景吾。私
が弱いだけなんだよ。私が景吾
を愛してるということはね、嘘
じゃないの。        

本当だよ、信じて?     


この期に及んで図々しくて本当
にごめんなさい。ただね、一緒
に過ごしたあの幸せな日々を…
幸せな気持ちのままとっておい
てほしいだけなの。ずっとずっ
と心の奥にしまっておいて欲し
いだけ           

まだ高校生の私達だけれど、こ
の先の人生長いけれど、これほ
どの大恋愛…もうないと私は思
うんだ。本当にね、好きだった
から。           



「何勝手なこといってんだ、ア
ーン?」          
『………』         



景吾が震えた声で私に問い掛け
た。俺様口調はきっと強がり。
だって景吾の顔が泣きそうな顔
して歪んでるから。     

本当にごめんなさい。でもいえ
ない。今はもう、強いけど脆い
貴方を抱き締めてあげることが
できないから。       

景吾が私の肩を掴んだ。今まで
見たことのない、恐怖に包まれ
冷静さを失った表情で必死に私
に向かって叫んだ。     


景吾の心の声が聞こえるよ。イ
タイって言って、泣いてるね。
私のせいなのに。      



どうしてかな?       




…私も心がイタイよ     



「また虐められたのか?そうい
うことはすぐに俺に言えと何度
も言っただろ!?相手は誰だ?
俺様がすぐになんとかしてやる
から。ほら早く言えよ!誰だ!
?」            

『景吾、違うの』      

「じゃあ何なんだ?何か手に入
らないものがあるのか?なんで
もくれてやる。お前が望むなら
俺がなんだってくれてやるから
遠慮はいらねぇ。何が欲しい?
何が望みだ!?」      

『何もいらないよ。望みなんて
ない―』          

「ならば、何故だ?俺様のこと
が気に入らないのか?俺がお前
に何かしたのか?…最近テニス
の練習やら学校の行事やらで一
緒にいてやれなかったから、そ
れで拗ねてんのか?ならバカな
冗談はやめろ。俺が悪かったか
ら、だから―」       

『そうじゃないの景吾。景吾は
何も悪くないの。なんにも不満
なんてないの!』      


シーンとなった真っ暗なコート
二人の息遣いだけが聞こえる冷
たい沈黙のなかに、景吾のいつ
もよりワントーン低い声が響い
た。            


「ならなんで別れるなんていう
んだよ」          

『…………』        

「理由もなく別れたいなんてそ
んな馬鹿な話があるか!俺はお
前を愛してんだよ。お前は違っ
たのか?幸せそうに笑ってたあ
のお前の笑顔は偽りか!?俺は
何を信じればいい?お前は俺に
とって一番大切なんだ。お前を
守るためなら、地位でも名誉で
も、財産でも何だってくれてや
るつもりだ。そんくらいの覚悟
はできてる。俺は、お前が俺に
ずっと側に居てほしいと望むな
ら、テニスだってやめてやる!

だから、だから頼むから俺から
離れないでくれ、あゆ…」  

『………』         



私は私の肩を掴んでいる景吾の
手をそっと払った。私が別れを
切り出した理由。それは、景吾
の覚悟にあった。私のためなら
全て捨てるという景吾の覚悟が
私には耐えられないから…。初
めて出会ったときから、私は大
好きなテニスをして輝いてる景
吾が好きだったから。それに私
のせいで夢を諦めてほしくない



こんな風にいえば聞こえはいい
でも本当はただ、私が景吾を信
じられないだけ。景吾はそんな
に弱い人じゃないのは、とっく
に分かってる。でも、ふと立ち
止まってみたら私がどれだけ景
吾の足を引っ張っているのかが
分かってしまったから。   

だから私はもう景吾の隣にはい
られない。         


ねぇ景吾。どんなに愛し合って
いても、結ばれない恋愛もある
んだよ。貴方は何も悪くないの


ただ私が弱いだけ。     

臆病なだけ。        

自分勝手なだけ。      



だからね、悲しまないで   


自分を、責めないで     





「どうして、どうしてなんだ。
お前は……お前は幸せじゃなか
ったのかよ!?」      




コートに景吾の声が響く。そし
て景吾が崩れ落ちた音が聞こえ
た。            

私は振り返らない      

ただただ景吾の幸せを願って、
必死に前を見る視界を邪魔する
涙を拭って歩いた      




ねぇ、景吾。貴方がいないと立
ち上がれもしなかった私が前に
進めているよ        


これからはお互い別々の道を歩
んでいくけれど…      

私はいつまでも貴方を想い続け
ます            


貴方の分まで二人で過ごした時
間だけは幸せな気持ちと共にず
っと生きていくから。どうか貴
方は私を忘れて、幸せになって
ください          


でも、ただ一つだけ望むとする
ならば…          

私が泣きたくなったときに見上
げた空を、貴方もどこかで見上
げてくれていたらと思うのです









さよならを言う練習をする
(さようなら、あいしてる)





景吾、私は幸せだったよ   


あれだけ練習したさよならも言
ってしまえば貴方への愛があふ
れそうだったから言えませんで
した            


最後まで臆病な女でごめんなさ
い。でも……        





本当に、ありがとう





_

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ