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□渇望:欲望よりたちが悪い
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『蓮二っ!』        

「ん?…またお前か。急に抱き
ついてくるなと何度も言ってい
るだろう。まったく、物分かり
の悪い奴だ」        

『えーっと、なんか悪口みたい
な感じの台詞が聞こえましたけ
ど…うん、気のせいかなっ!?
』             


毎度のことながらいきなりタッ
クルしてきたと思ったら、俺の
腰に巻き付いたまま離れずに騒
いでいるこいつの名はあゆ  

あろうことか俺の幼なじみだ。


物心ついたときにはもうすでに
こいつは俺の隣にいた。…いや
隣にいたというのはすこし語弊
があるかもしれない。傍にいた
というほうが正しいな。何故わ
ざわざ言い換えたのかと聞かれ
れば、うまく言い表わすことが
できないのだが。      

敢えて理由を付けるならフラッ
と現れては再び何も言わずにフ
ラッといなくなるからだろうか
あゆはそんな奴なのだ。だがふ
と気が付くと傍にいる。悔しい
があゆはいつしか俺の一部のよ
うな存在になっていた。そして
認めたくはないがある特別な感
情ももっている。それは無理や
り自分に嘘をついて誤魔化せる
ほど簡単な気持ちではないし、
無意味に否定するほど俺ももう
餓鬼ではない。       


俺はあゆが好きなのだ。   


とにかくこいつは自由人で本当
に世話が焼ける奴だ。あゆは過
保護すぎだと俺に多々文句を言
ってくるが全くそんなことはな
い。だがそのせいで幼い頃から
俺の"世話係"というポジション
に変化がないのも事実で、これ
もまた悔しかった。そろそろこ
の関係にピリオドをうってもい
い頃だとは思ってはいるのだが


「それで、どうした?あゆ」 


俺は今だに腰に巻き付いたまま
のあゆを無理矢理引き剥がしな
がら用を聞いてみた。大方くだ
らなく、そしてどうでもいい用
だとは思うが。その確率は89%
だ。            


『ちょっとちょっと失礼だな!
』             


おっと。俺としたことが無意識
のうちに口に出してしまってい
たらしい。そのせいであゆが頬
を膨らませ拗ねている。怒らせ
てしまったようだ。…といって
も全く怖くはないのだが。こん
な時に持つ感情としては不純か
もしれないが…可愛いと、思う


そんなことを考えている間にも
『蓮二の意地悪、ドS、変態』
と叫びながら俺の胸板を叩いて
いるあゆ。先程の言葉のどこに
変態呼ばわりされなければなら
ない要素があったのかは専ら疑
問なのだが、あゆのボキャブラ
リーは貧相だからな。仕方ない
だろう。          


「まぁ、俺としては誉め言葉だ
な」            

『…天才、コンパス、和風美人
サラサラストレートヘアー!』

「それは暴言としては不適切だ
と思うが?」        

『ああああもう黙って。私だっ
て知ってたよ。だがしかぁし!
頭がた、たたたた多少悪くたっ
て、足が短くたって、美人じゃ
なくたって、くるっくるのくせ
っ毛だって生きていけるのだよ
蓮二くん!私がその例だ!教科
書載せよう!』       

「おめでたい奴だ」     

『まぢでか!わーい。蓮二に誉
められちゃった!』     

「いや、今のは誉め言葉ではな
いのだがな」        


はぁ…と自然にため息が出る。
どや顔で語られたが、本当にお
めでたい奴だと思う。だがため
息の理由は他にもある。普段は
こんな風な筈なのに、ふとした
時にいきなり核心を突いたこと
を言ってきたりするのだ。何も
知らない顔で、気付いていない
素振りで。本当に厄介だ。無意
識なのかどうかは、未だに謎の
まま。恐らくこいつにしか分か
らないのだろうと無理矢理結論
づける。俺らしくもない、が。

ついこの間も、俺の僅かな心の
曇りに気付き『だいじょぶだよ
蓮二は』と言って微笑んできた
のだ。またか、とは思うものの
俺は驚いて何も言えなかった。
あゆに大丈夫と言われると、何
故か本当に大丈夫な気がしてし
まうから不思議だあゆは俺の心
に敏感に反応し、そして俺が一
番欲しい言葉をくれるのだ。 

こいつにだけは、かなわないと
思う            


『赤也の今回の英語テストの点
数が蓮二のテスト前特別補習に
より赤点を免れた!』    

「…いきなり話題を変えるな。


『なあに、蓮二』      

「……あぁ、そうだった。お前
には何をいっても無駄だったな
俺が悪かった。赤也の話につい
てのことだが、確かにその通り
だ」            

深い溜息を吐きながらあゆを改
めて見下ろす。あゆとは30セン
チメートル程も身長差があるた
めに、あゆは首を84度の角度で
見上げなければならない。まぁ
約90度だ。辛そうな顔をしなが
らも一生懸命俺の顔を見つめて
いるあゆ。その目は真っ直ぐ俺
の目を射ぬいていてなんとも心
地好い。そしてなんていい眺め
なのだろうか。       

先程あゆに言われた"変態"など
という言葉もあながち間違いで
はないかもしれないなどと思い
ながら、少し上がった口角もそ
のままに「誰かに聞いたのか?
」と問い掛けた、……筈なのだ
が             


『赤也の点数を聞いた真田が発
狂して幸村が今日の部活自主練
にしたんでしょ』      


返ってきた言葉は俺の質問をこ
とごとく無視し、そして更にこ
の柳蓮二でさえうなだれたくな
るほどのものだった。だが此処
は何とかこいつの思考回路を理
解してやらねば。長い付き合い
だからな。こんな芸当ができる
のはこの世でただ一人俺だけだ
と思っている。まぁ言うなれば
誇り、だ。こんなことが誇りだ
なんて大概俺も終わってると思
うが。           


「頼むから俺と会話をしてくれ
はぁ…あまり話がつながってい
ないように思えるがまぁ、その
通りだ。実際には弦一郎の発狂
に驚いたブン太がミスショット
を打ち、それが浮かれてボーッ
としていた赤也の頭に命中し悪
魔化したと思ったら何故かジャ
ッカルに復讐しだし皆で止めに
入ったが逆効果となりコート内
がちょっとした騒ぎになりそこ
に間悪く訪れた精市がキレて部
活が中止になった。……という
わけだ。みていたのか?」  


一息で言い切った俺はふぅとた
め息を吐きながら問い掛けてみ
たがあゆはというと、左右に首
を振ってみせた。そのことで、
俺の脳に疑問が生まれる   


「ならば、何故分かった?」 

『えー。蓮二に会ったら分かっ
た!』           


訳が分からない。まさか………


「俺のデータでも集めているの
か?」           

『違うよ、何となく。まぁ強い
て言うなら勘…かなぁ?』  

「理解できないな。勘というも
のは曖昧であるから勘なのであ
って、具体的になおかつ確信を
もってに言えるということはな
んらかのデータに基づいている
ということだ」       

『よ、よくわからないけど私は
蓮二じゃないしデータとかとっ
てないよ?』        

「ふむ。…では確率的には非常
に低いが…読心術か?」   

『なわけないっしょ』    

「??」          


『蓮二に勝った〜』と棒読みで
言いながらついさっきまで頑な
に逸らさなかった目を前方に戻
したあゆは、俺の横を擦り抜け
て行ってしまった。鞄を肩に掛
け直しながら上機嫌で歩くその
後ろ姿に柄にもなく焦って、少
し上ずった声音で「何故だ」と
問い掛けた俺の声にやっと足を
止めてくれた。突然に俺の目の
前から居なくなるのは止めてほ
しい。居なくなった途端、その
存在を求めてやまない俺の心。
何時からこんなふうにお前を渇
望するようになったのだろうか

俺の心を捕らえて離さない。だ
が、決して不快ではない。離し
てほしくないとまで思う   

本当はこの関係にピリオドをう
つなんてそんな清い終わりを望
んでなんかいなかった。ただた
だ俺はお前が欲しいだけだった


振り返っただけのあゆにもう一
度「何故だ?」と問い掛けてみ
るとあゆはクスッと小さく笑っ
てこう、言った       



『蓮二が好きだから、分かるん
だよー』          





渇望:欲望よりたちが悪い
(喉を引っ掻きたくなる)







やはりお前には、かなわない






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