命が輝くとき


□滑り落ちた幸福
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あゆの病室の前で
立ち止まってしまった俺

さっき、真田から聞かされた
信じられないような話を思い出す


あゆが虐待を受けていたこと

もう、長くないこと


その事実にショックを
受けたのは当然だが
気付いてあげられなかったことに
俺は心底後悔をしていた


あんなに綺麗に笑ってくれてたのに
"笑うな"と言われていたなんて



「精市、大丈夫か?」


「え?…あぁ、大丈夫
じゃぁ行ってくるよ
皆はちょっと待っててね?」


心配して声をかけてくれた蓮二に
軽く微笑んだ後、ドアに手をかけた



「あゆ、来たよ」


俺が緊張しながらも
今できる精一杯の笑顔を作る


『……せーいち、おはよ』


あゆがいつもと変わらない笑顔で
返してくれて俺は少しだけ安心した


ただ少し気になったのは
会話と会話の間の呼吸が
少し長くなった感じがすることだった
でも俺は、気のせいだ
ということにした

気が、滅入っているのだと


そんなことを考えていた中
ふと、目に入った写真に
俺は言葉を失った


ビリビリに破かれた
俺とあゆが写った写真

だがそれは丁寧に、丁寧に
テープでつながれていた


所々にあゆのであろう
血が付着していて

寂しそうに立て掛けられた写真が
先ほど起こった悲劇を物語っていた


『……せーいち、ごめ…ん』


「え?なんで謝るの…?」


『……せーいち、は、わるくな…い
わたし、のせーで……』


拙い言葉で懸命に言葉を話すあゆ

だけどここまでいったきり
黙ってしまった


でもあゆの言いたいことは
なんとなく分かっていたから


「ねぇ、あゆ
今日ねこの間話した俺の
チームメイトが来てるんだ
入れても、いい?」


俺はわざと、話題をそらしたんだ


『……ほん、と?』


「うん。約束だからね」


『……あいた、い』


「よかった
…皆!入っていいよ!」


俺の合図で真田を筆頭に
病室へと入るR陣


『……あ、おじちゃ「真田弦一郎だ」』


「プッ」


顔をみて早々"おじちゃん"と
言ったあゆにR陣全員が
吹き出した


『?』


「ハハッ
あゆ、最高」


「た、たるんどるぞ精市!」


あゆはキョトンとしていたが
俺たちは腹を抱えて笑った

あゆも早くこの中に
入れたらいいなって思った


「ハハッごめんごめん
じゃぁ、皆自己紹介してくれ」


「はいはーい!
俺、切原赤也って言うっス
俺一年生で俺のほうが年下だから
あゆさんって呼ばせてもらうっス!」


皆の自己紹介ににこり
と微笑むあゆ

その笑顔をみて
会わせてよかった、と思った


友達 と一言では片付けられない
かけがえのない奴ら




あゆにも知ってほしかった



人はこんなにも温かいんだってこと


幸せは皆がいれば二倍…三倍って
どんどん大きくなるんだってこと

どんなに辛いことがあっても
皆がいれば乗り越えられるんだってこと





あゆは、
一人なんかじゃないってことを





「ねぇ、あゆ
前にテニスをしてみたい
って言ってただろ?

今から、やらない?」


『……できない、よ?』


「道具については心配いらない
あゆ専用のラケットを
用意したからな」


「さすが蓮二
…ん?これは通常のラケットに
比べてすごく軽いようだけど」


「あぁ、"あゆ専用"だ」


「なるほど…
ありがとう、蓮二」


「でもでも!それ、
選んだの俺っスよ!」


赤也が嬉しそうに笑っていた

あゆを大事に思っているのは
どうやら俺だけじゃなかったらしい




俺は嬉しかった






そして俺達の輪に加わった
"あゆ"という華



何処か殺伐とした俺達の心を
穏やかに包んでくれたあゆ





でも、そんな幸せな時間は
一瞬だった








……ねぇ、どうして?


あゆに少しの間でもいいから
夢を見させてあげてよ


あゆはこんなにも頑張っているのに
こんなにも生きたいと願っているのに


どうしてあゆから
何もかも奪っていくの…?




言葉の次は…







足、だった




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