頂き物!

□ひとりぼっちに慣れちゃったけど
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1時間程度でつくった夕食をひとりぼっちで黙々と食べる。
今はやりの女子力とかいうものを磨くために料理を作っているわけじゃない。洗濯をしているわけじゃない。掃除をしているわけじゃない。花嫁修業とかでもないし。
お母さんもお父さんも毎日遅くまで仕事で、家のことは私がやらなくちゃいけないのだ。
両親が毎日働いてくれるおかげで私はそこそこの名門校に通うことができるのだから、決して文句なんて言っちゃいけないんだ。「いつもいつもごめんね、無理をさせて」とお母さんは私を気遣ってくれるけれどそれは体調や成績の話。家事ばかりに時間を割いてしまって勉強は付いて行けているの、睡眠時間はちゃんと足りているの、と。
大丈夫だよ、私これでも成績はいい方だし、毎日7時間たっぷり睡眠時間を確保できてるんだから。隣のクラスのあの子なんて試験前は3時間睡眠とかなんだから。

きっちり調味料を量ったのに何の味も感じない肉じゃがを飲み込むと、ドアが開いた。
こんな早い時間に両親は帰るはずもないので、合鍵を渡しているクダリさんだとすぐにわかった。急いで玄関へむかうとすでにクダリさんは、お邪魔しますと言いながら靴を脱いでいた。
「今日はひとりぼっちじゃないよ」
優しく頭を撫でられると、これがお母さんの温かさなのだろうかとふと思う。
クダリさんは週に一回だけ、私の家に晩ご飯を食べに来てくれる。クダリさんとふたりで食べる晩ご飯だけが私がおいしいと感じられるものだなんて、言ったらクダリさんはどんな顔をするかな。
「ごはんどのくらいがいいですか?」
「んー、普通盛り。あっ今日肉じゃがー!」
新婚さんみたいだ、と口に出そうとしたら肉じゃがを見てはしゃぐクダリさん。これだとまるで弟ができたみたい。
私が毎日ひとりぼっちでごはんを食べていると知ったとき、クダリさんは「それじゃあおいしくないし、楽しくない」と言ってくれた。ごはんは、おいしくて楽しいものだとクダリさんに言われて初めて気付いたのだと思う。栄養とかバランスとか時間のことばかり気にしていたら、それはごはんを食べるという「作業」になっちゃうんだ。
お鍋の肉じゃがを少しあたためてからテーブルに並べて、クダリさんと向き合って食卓につく。
私はお味噌汁をひとくちすする。
「いただきます」
クダリさんが丁寧に手をあわせて言う。
「あっ、私言うの忘れてた」
「だめだよ、ちゃんと感謝して食べなくちゃ」
いただきます、私が一度箸を置いて言うと
「よろしい」
クダリさんはほめてくれた。
そしてひとくち食べてはおいしい、と言ってくれる。本当においしそうに食べてくれて、なんだか嬉しい。私の料理をほめてくれているだけなのに、私自身を、私自身の存在をほめてくれているようなそんな感じがした。
「お父さんみたい」
つい本音がこぼれた。ううん、本音というかこれは「クダリさんがお父さんだったらいいのに」という願望をほんのり含ませたわがまま。もしもクダリさんがお父さんだったら私はどんなに幸せだろう。味のしなかったごはんがおいしいと感じられる。寒い時期に洗濯物を干すことだってがまんできる。クダリさんのために何だってできると思う。
「じゃあ、なってあげる」
「え?」
私が考えてたこと、全部クダリさんにわかってしまったのだろうか。
「お父さんになってあげる。お父さんだけじゃなくて、もし君が甘えたり泣いたりしたいときはお母さんにもなってあげる。何か大変で手伝ってほしいことがあったら弟とかおにいちゃんになって、助けてあげるよ」
お父さん、お母さん、弟、おにいちゃん。
当たり前のようで私にとっては当たり前でないそのつながりに私はずっと飢えていたんだ。と、思う。
「肉じゃがおいしいからちょっとそんなふうに思っちゃったよ」
えへへ、とクダリさんは笑う。
「だからいつか、おいしいごはんをずっと君と一緒に食べられるように、」

いつか、僕のお嫁さんになってね。

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