Novel3

□血中飽和グルコース濃度
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 甘いものは嫌いではない。
 だからといって大好きなわけでもない。
 どんなものでも過ぎれば毒になる。フォークをタルトの真ん中に突き刺して、俺は思いっきり息を吐き出した。


「カオルさん」

「なあに」

「・・・これ、持って帰ってもいい?」

「ダメ。ここで食べなさい」


 すぱんと切り捨てられた。
 フォークを突き刺したまま、俺はタルトを睨んだ。季節限定カボチャのタルト。しかもホール。ジャック・オ・ランタンをかたどってあるらしく、上にはカボチャの顔をした薄いパイが乗せられている。いやらしい笑みを浮かべるそれを、俺は睨んだ。


 閉店後、廃棄品の焼き菓子やケーキは店員が食べても問題無しということで、俺は夕飯代わりにカウンターでタルトをつついていた。そこに片付けを終えたカオルさんがやってきて言ったのだ。


「廃棄になっちゃった新商品、食べてみる?」


 新商品は一日数量限定販売だし必然的に人気も出るわけだから、なかなか廃棄にはならない。まだ食べたことのないそれを味見してみたかったしその時の彼女の目は間違いなく「食べろ」と言っていたので、俺は頷いた。直後にカオルさんは俺の前に皿をドンと置いた。三日月型に口をひん曲げて笑う、カボチャのタルト十五センチホールを。


「じゃあさ、せめて分けるとかさ、できないの?」

「みんな帰っちゃったから無理ね」

「・・・カオルさんは?」

「遠慮しとくわ。こんな時間にそんなの食べたら太るから」

「・・・ほら、俺、さっきホールのクレープフルーツタルト、食べちゃったからさ」

「おいしかったでしょ」

「うん、そうなんだけどさ、さすがに二つ目はちょっと」

「これもおいしいわよー。中のクリームにカボチャ練りこんで、甘さ控えめにしてみたの」


 カオルさんが俺の手からフォークを奪い、ざくざくとタルトに切れ目を入れいていく。カボチャのいやらしい笑みが歪んで、邪悪さが増したように思えた。
 アバンチュールの三戒。一、カオルさんのお菓子に文句を付けるなかれ。拒否をするということは文句を付けるのと同義だ。
 カウンターに突っ伏して、俺は唸った。さっきはグレープフルーツのすっぱさがタルト生地の甘さを半減してくれたから、なんとかホール全部を食べることができたのに。甘さ控えめ、とか言って、そのカボチャの上にこれでもかと塗られたシロップは何ですか店長。
 しかし。昼間ショーケースで見たときよりも一回り大きく感じるのは気のせいだろうか。甘味で膨らんだ胃袋が俺の脳に電気信号を送って、本来よりもカボチャの顔を大きく見せているだけなのか。これ以上糖分を詰め込むことに危険を感じた胃袋がそんな信号を送っているのか。そうなのか。


「はいケン、口開けて」


 フォークに差した一口大のタルトを、カオルさんは俺の口元に押し付けた。
 深夜二十四時。薄暗いカウンター。女帝にあーんを強要される俺。ありがたくその好意を受け取ることしかできなかった。




 次の日俺は生まれて初めて胃もたれというものを体験することになる。




End.
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