Novel3
□月が食まれる
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「うわ、気持ち悪」
長い茶髪を夜風になびかせながら、カオルさんが呟いた。
空を見上げる彼女の白い顔は、月明かりに照らされているせいで暗闇でもはっきりと見える。
つられて夜空を見上げると、ぽっかり浮かんだ丸い物体が視界に入ってきた。
「おー。満月だ」
「ちょっと今日の月、赤くない?」
「ああ、今夜は皆既月食なんだってさ。だからじゃないの」
「月食だと赤く見えるわけ?」
「みたいだね」
「へぇ。あんた妙なこと知ってんのね。くるくるぱーのくせに」
店の鍵をチャリンと投げたりキャッチしたりしながら、カオルさんは心にも無いことを言い放つ。
確かに僕は学校の勉強ができなかったし、だから十代で働き始めて今こうやって彼女の店の店員をしているのだけれど。
自分がくるくるぱーであるということは十分自覚してるし、そのことについてあまり悲観的になったこともない。
自分の好きなことをして楽しく生きていけるのだから、それだけで僕は満足だ。
でも僕がくるくるぱーであるということを、この人はいつ見破ったのだろう。
だって僕はまだこの人と出会ってから一ヶ月も経っていないのに。
面接のときだって、学力検査とかそういう質問は一切無かったし。
「そういえばヒロアキ。あんた今日も売り上げの伝票書き間違えてたわよ。ゼロが二つ足りない」
どうして一日の売り上げが千円単位になるのよ、とカオルさんはため息をついた。
ああなるほど。こういうできごとが重なった結果、僕のくるくるぱーがカ
オルさんに露呈したというわけか。納得。
店の裏にとめてある、二台のバイクが見えてきた。赤いのはカオルさんの、青いのは僕の。月明かりに照らされて両方ともぴかぴか光っている。
もう少し経って月が隠れれば、どっちがどっちのバイクだなんで見分けは付かなくなるのだろう。だって、なんと偶然にも僕とカオルさんのバイクは同じ車種の色違いだから。
「ちょっと、恋人同士っぽくない?おそろいのバイク」
「恋人同士なら普通二ケツするでしょ。バイクおそろいで買うなんて聞いたことないわよ」
「わかんないよー?ツーリングデートとかするかもしれないじゃん」
「はいはいはい、くるくるぱーには付き合ってらんない。じゃあね」
ヘルメットを取り出してカオルさんが背を向け手を振った。
むっとした僕は青いバイクに腰かけ、顔を上げた。赤い月。いつもより少し大きくて、不気味だ。
「あ、見て。はじっこの方、ちょっと欠けてきた」
「・・・あら、ほんと」
「・・・話変わるけど、僕、送ってこうか?女性の一人歩きは危ないし」
「歩きじゃないから大丈夫よ。それに二人ともバイクなのにどうやって送ってくれるの」
月みたいに青白いカオルさんの顔が、銀色のヘルメットにすぽっと隠された。
こっちの月は、早々に隠れてしまったみたいだ。
「下心丸見え」
くすくす笑うカオルさんにまたつられて、僕も笑った。
ルナティック、月は僕らを狂わせる!
end.
* * * * *
な ん だ こ れ 。
数年前設定で、ヒロアキさんはちょこーっとだけ、カオルさんに気がある様子。
ちなみに二人の年齢差は十歳以上。