短編集

□ボコ題
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弟:20 姉:22 兄:26 




 我が家の家訓。朝食はできるだけ家族揃って取るべし。
 極普通の、どこにでもあるような木製六人掛けテーブル。それが我が家のダイニングテーブルだ。
 まず早々に席を立って出勤していくのは父。俺の向かい側、キッチンに一番近い特等席。
 長方形で言う、長い方の辺に当たる位置に座るのは姉。今日も目玉焼きにソースかけてやがる。ありえない。普通醤油だろ醤油。
 キッチンで後片付けをするのは母。父が出た後、姉の隣に座って一足遅れた朝食を取る。


「まーちゃんお醤油取って」

「あー、さっき使い切った」

「じゃあ入れてきて」

「・・・自分で入れてくればい」

「入れてきて」

「はい」


 手元にあった、空っぽの醤油さしを取って立ち上がる。
 キッチンの母に言って注ぎ足してもらってから、俺は覚め切らない目を擦りながらダイニングへ戻った。それがいけなかった。
 父の席の椅子に脚を引っ掛け、俺は躓いた。その拍子に醤油さしは俺の手を離れ、見事な放物線を描いて飛んでいく。
 ぼすっ。
 醤油さしは姉の向かい側の席に座って、優雅に紅茶を啜りながら朝刊に目を通していた人物の膝の上に落下した。
 きちんとアイロンのかかった真っ白なシャツと下ろしたてのスーツのスラックスに、黒いシミが広がっていく。彼はそれを見つめ、次に醤油さしをテーブルに戻し、ティーカップも一緒にテーブルに置き、最後に俺を見上げた。蹴躓いたままの体制で固まっている俺を、じっと見上げた。
 朝刊を振りかぶり、彼は俺の顔に容赦ない一撃を放った。そして立ち上がり、よろけた俺に往復ビンタの要領で次の一撃を加える。蹲ろうとする俺の胸倉を掴んで無理矢理立たせると、鳩尾に軽い膝蹴りをかました。
 咳き込む俺にかまわず彼は醤油さしを取って、片手で器用にフタを開けた。フローリングの床にプラスチック製のフタを落とし、低く呟く。


「口を開けろ」


 必死で呼吸を整えようとする俺の顎を掴むと、彼はもう一度凄んだ。


「口を、開けろ」


 ようやくゆるく開いた俺の口に、彼はあろうことか、フタの外れた醤油さしを叩きつけるようにして押し付けた。暴れる俺の口に指を突っ込み開かせ、空になるまで醤油をぶちまける。
 醤油さしが空になったことを確認すると、彼は潔く俺を離した。床に崩れ落ちてぜえぜえと止まらない堰をする俺のそばにしゃがみ込み、下から覗き込む。
 恐怖で見開く俺の目を満足そうに見つめ、口元を押さえる俺の右手を左手で掴んで顔から外させ、空いている右手を俺に伸ばす。俺は色々な予想と覚悟をしてから両目を閉じた。
 しかし、想像していた打撃衝撃追撃の類はやってこなかった。
 その代わりに。
 彼は、俺の兄は。
 ふにゅっと、俺の左の頬をつねった。


「顔洗ってこい」


 ハンカチを俺の顔に押し付け、着替えるためか颯爽とダイニングを去っていった。
 醤油にまみれたまま座り込む俺に向け、アサリの味噌汁をつつきながら姉がそっけなく言い放つ。


「ちゃんと目覚ましなさいってことじゃなぁい?」


 お兄ちゃん素直じゃないんだからぁ、と、呆れたように言ってから、姉は空になった食器と手をつけないままの納豆の皿を持ってキッチンへ消えた。
 残された俺はとりあえず、咳き込んだ。口の中がひどいことになっていた。
 
 こんな目覚ましって、どうよ。






end.





02:つねる
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