短編集

□ボコ題
6ページ/14ページ

弟:15 兄:21 





 そうだな、泣けば許してやる、と。兄は言った。
 廊下に這いつくばったまま、俺は首を振った。兄が俺の腹を蹴り上げ、俺はうつぶせの状態から仰向けになった。
 昔からそうだった。俺が泣きさえすれば、兄は決して手を出してこない。たこ殴りにされている最中であっても、彼は手を止め足を止め、俺を放り出してくれる。その点、姉は俺が泣こうが叫ぼうがおかまいなしに手も足も出してくるのだけれど。
 言い訳をする暇を与えてもらえないのはいつものことだった。その日俺が帰宅し部屋のドアを開けると、中には知らない女がいた。動揺する俺に彼女は話しかけてきた。どうやら兄の恋人らしい。当時、俺と兄は相部屋だったのでプライバシーもクソもなかったのだ。二段ベッドの下の方、つまり俺のベッドに堂々と腰かける彼女を横目に、俺は鞄を下ろした。玄関にあるのはてっきり姉の靴だと思っていた。ああ、だから兄はめずらしくキッチンでお湯なんか沸かしていたのか。
 今いくつなの、どこの中学に行ってるの、という質問にためらいがちに答えていきながら、俺はベッドに放ってあったハンガーを取ろうと手を伸ばした。突然その手をつかまれ、視界が反転した。目を見開くと、兄の恋人が俺の腹の上に乗っかっていた。無遠慮すぎる体制と態度で、兄の恋人は言った。可愛いね、君。
 そこへお約束と言わんばかりのタイミングでドアが開いて兄が部屋に入ってきたというわけだ。
 初めての体験に心臓以外の場所までとび跳ねそうになっていた俺だが、慌てて兄の恋人を押しのけベッドから飛び起きた。兄はそんな俺の肩をつかんで一気に部屋の出口の方向へと押し退けた。ドアが開いていなかったら顔面強打は免れなかっただろう。しかし、当然だがそれだけでは終わらなかった。勢い余って廊下に転がる俺の前にぬっと現れた兄は、湯気の立つコーヒーの入ったマグカップを俺に向って投げつけたのだ。それも二つ。コーヒーの熱さよりもマグカップが直撃した側頭部の痛みが勝り、へたりこんだ俺に向って兄は更なる一撃二撃三撃を放った。その途中で兄は言ったのだ。泣けば許してやる、と。
 十五にもなった男が泣き寝入り。冗談じゃない。


「だから・・・俺っ、何もやってねえって・・・」

「おまえは、な」


 切れ切れに呟く俺に向ってそう言うと、兄は先程マグカップの猛襲に遭った俺の側頭部に下段回し蹴りをお見舞いした。かわし切れずに俺は昏倒した。気絶するまで蹴られたのは久しぶりだった。


 
 目が覚めると俺はベッドの中にいた。何故かコーヒーがかかった制服ではなく、部屋着を着ていた。
 激しく痛む頭を押さえながら階段を下りてリビングへと向かう途中、兄に出くわした。身構える俺に、彼はそっけなく言った。


「真琴と俺の部屋、明日から別々にしてもらうように、父さんに頼んだから」

「は」

「だから、荷物まとめとけよ」

「え」

「あと、おまえはもっと、気をつけろ」


 これは驚くべきなのか喜ぶべきなのか、というか部屋出ていくのは俺の方ですか、ってそれ以前にこの家に空き部屋なんてあったのか、ああそう言えば二階廊下の突き当たりに物置があったような、いやいやまさか、と考えを巡らせ頭を振り痛みに呻く俺を見下ろし、兄は笑った。思わずぞっとした。そんな俺の耳に、リビングから姉の甲高い叫び声が飛び込んでくる。


「あの女、ぶっ殺してくる!」


 サスペンスドラマでも見てるのか、あいつ。




end.




11:マウントポジション
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ