Novel3

□ひらがなうた
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みて、りょうてにしろのぺんき






 制服なんて要らない。そう主張している割に、律はいつもきっちりとブレザーを着ている。
 第一ボタンまで閉めて、ネクタイも上まで結んで。
 あぁなんて禁欲的な襟元、と、律をからかったら、気の抜けた返事をされた。


「キョウコ、しゃべってないで早く終わらせれば?部活あるんだろ」


 放課後の美術室、あたしと律は二人きりで居残り、美術の課題に取り組んでいた。
 今日中に課題の油絵を仕上げないと、今学期の成績が減点されてしまう。
 律は白の絵の具を筆に取り、画板に塗りたくり始めた。


「律ぅ、あんた真面目にする気あんの?てゆーか、何その絵」

「空想画」


 まぁ俺の場合は八割方妄想画だけど。
 どうでも良さそうに呟き、彼は手を動かし続ける。
 たしか出された課題は『自画像』のはずだったが、そこは気にしないでおこう。


「ふーん。テーマは?」

「恋心」


 カラフルな背景に浮かぶ、真っ白でまっさらで、綺麗な恋心。
 なるほど。律の恋心は、真っ白、なのか。
 自画像を描き終え、あたしは筆をパレットに置いた。


「先生が、好きなんでしょ。律」


 その問いに、律は答えなかった。
 いつだってそうだ。
 都合が悪くなると、律は黙ってしまう。卑怯だ。
 あたしは律が好きだ。
 でも、この気持ちは絶対に伝えられない。
 律のことが好きだと言ったそのとき、彼が黙ってしまうのが、怖いのだ。


 黙ったまま筆を置き、律はパレットに広がる油絵の具に、右手人差し指を突っ込んだ。
 筆の代わりに、白く染まった指で恋心を描く。


「待ってるんだ、先生。だから早く行かなきゃ」


 小さくそう言うと、律は椅子から立ち上がった。
 絵を提出する気は無いようだ。
 洗剤で手を洗い終えた律が、あたしの隣の椅子へ鞄を取りに戻ってきた。
 きっちり着込んだブレザーのネクタイに、白い油絵の具が付いてしまっている。
 それに気づいた律は顔をしかめ、するりと汚れたネクタイを外した。シャツのボタンも二つ開けた。


「じゃあね、キョウコ」

「うん。バイバイ、律」


 手を振った律は、先生が待つ教室へと向かっていった。
 振り向きざまに、ちらり、鎖骨が覗く。
 そこに残る秘め事の赤い痕、少しは隠す努力くらいすれば?
 ・・・あぁ。いつもは上までボタン閉めてるから、見えないのか。




 あたしは知っている。
 先生はいつも、真っ白なカーディガンを羽織っている。
 その色に染められていく律が、どうしようもなく、愛しいのだ。





みて、りょうてにしろのぺんき
end.
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