短編集
□マイ・ディア・エス
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十五の誕生日の夜、私は初めて『ひと』を見ました。
夜が明けて海の底へと潜り、その人の話を、私はこっそりと、お姉さまの一人に打ち明けました。
「まあ!貴女、人を見たのね。驚いたでしょう?」
「ええ・・・でも」
「あらどうしたの、そんな浮かない顔をして。貴女らしくないわ、アネモネ」
「私、もう一度だけどうしても、陸へ行きたいの。だからお姉さま、ついてきてくださらない?一人じゃ不安だわ」
末妹の私に、お姉さまたちは皆、とても良くしてくれます。特にこの、私のすぐ上のお姉さまと、私は仲が良かったのです。歳が近い私たちはよく行動を共にしていました。
お姉さまは優しく微笑んで、それから三日後の夕方、小瓶を二つ持って私の部屋に訪れました。
日没と共に薬を飲んで、私たちは人間になりました。
浜辺には、見覚えのある大きな船が泊まっていました。お姉さまに手を引かれ、私は船の中へと入りました。
そこはダンスホールでした。煌びやかに着飾った人間たちが、互いに手を取り合い、演奏に合わせてステップを踏んでいます。高い天井から下がるシャンデリアの光が会場を金色に照らし、私の目を焼きました。
思わず後ずさった私を、お姉さまは笑いました。
「そんなことじゃ、何のために陸へ来たのかわからないわ。薬の効果は一晩だけよ。さあ、貴女の想い人は一体どこにいらっしゃるのかしら」
お姉さまは少し意地の悪い笑みを浮かべながら、私に背を向けました。真珠のちりばめられたドレスの裾がふわりと舞い上がります。私は自分の顔が赤くなるのがわかりました。私のことなどお姉さまにはお見通しなのです。
「貴女、顔が真っ赤よ。そういえば魔女から薬を貰ったとき、彼女の部屋にこんなに大きなタコがいたのよ。あの色にそっくりね」
「からかうのはやめて、お姉さま!」
「そういうところが可愛いのよ、私のアネモネ」
お姉さまは慣れたようにテーブルのグラスを取り、琥珀色の液体を口に含みました。お姉さまは何度も地上に上がったことがあるようなのです。陸に行くことが禁止されているわけではありませんでしたが、好んで空気に身を晒しに出かける者など、私の国で、このお姉さま以外に誰もいないことを私は知っていました。