ゴミ箱。

□サンタクロースの落し物
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あわてんぼうのサンタクロース

クリスマスまえにやってきた

いそいで リンリンリン

いそいで リンリンリン

ならしておくれよ かねを

リンリンリン

リンリンリン

リンリンリン









*  *  *







「・・・とは言っても、鐘が無いのですよねぇ」


 ぽつりと、そんなことを呟いてみる。
 鐘、というか、呼び鈴が無い。
 この家にインターホンというものが無いせいで、私は現在困っているのだ。
 冷たい冬の風がひゅうと吹き抜け、私は身を震わせた。
 寒いのは、嫌いだ。



 
 私は花屋を経営している。
 今日は、とある常連客からの電話注文があり、配達に来ているというわけ。
 配達用の車を降りて荷台から注文品の花を取り出し、お届け先の家に到着したまではいいが。
 いくら戸口で呼びかけても、戸を叩いても、返事が無い。


 
 途方にくれ、配達品をじっと眺めた。
 たった一本の、真っ赤なバラ。
 この常連客は、いつも赤バラを注文する。しかも毎回、一本だけ。店には決して来ようとせず、デリバリーで注文してくるのだ。

 
 あまりにも寒いので、近くの自販で購入したホットココアを飲みながら、私はぼんやりと客の家の前に駐車した車に寄りかかり、白い息をつく。
 もう、十二月も後半。今年も残すところ、あと十日ほどだ。
 毎年、この季節が来ると私は憂鬱になる。
 仕事が忙しくなる、というのもあるのだけれど。
 もっと別の理由が、私を悩ませている。
 右手に持った、小さな真紅。この色が、私を鬱々とさせる。








 空になったホットココアの缶が、すっかり冷えてしまったとき。
 車の前を、小さな黒い影がさっと横切った。
 その黒い物体は、今正に私が訪ねようとしている家の前で立ち止まり、こちらを振り返った。
 冬の晴れた空より澄んだ、真っ青な瞳。ここの常連客の飼い猫だ。
 その黒猫は大きな瞳でじっと私を見つめ、戸口から一歩も動こうとしない。


「・・・にゃん」


 会話を試みたが、見事に無視された。
 可愛らしい顔に似合わず、なかなか生意気な猫だ。
 そのまま、黒猫は玄関扉の小さなペット用出入り口に入っていってしまった。




 
 取り残された私は再び白い息をつき、コートのポケットから携帯電話を取り出した。
 そして、目の前の家の電話番号をプッシュ。
 数コール後、相手が出た。どうやら、留守ではないようだ。


『はいもしもし?』


 早口で、相手はそう言った。
 少し息が切れている。忙しいのだろうか。何をやっているのかはわからないけれど。


「おはようございます。注文していただいたバラ、お届けに来たのですが・・・」

『おーおー。ごくろーさま。どーぞ入ってきてー。今、俺、ちょっと手が離せなくて』

「あの、それがですね。玄関に鍵が・・・」


 無情にも、通話はそこで途切れてしまった。
 玄関に、鍵がかかってるのですけど。どうやって入ってこいと言うのですか。
 仮にもお客様である彼にそんな憤りを感じつつ、私はとりあえず配達車から身を起こし、のこのこと家の裏へ回った。
 残念ながら、裏口の戸の鍵も見事にかかっていた。
 小さな二階建て一軒家のくせに、ちょっと洒落た西洋風の造り。
 客はどうやら、自営業をしているらしい。玄関の横に、もっと大きなガラス張りの引き戸と広い空間があったから。中の様子は締め切られたレースカーテンで見えなかったが。
 あぁ、あたしもこんな感じの店舗にしたかった。
 ・・・煙突は、いらないけど。
 屋根から飛び出たレンガ製のそれを睨みつけ、私は顔を下に戻した。
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