ゴミ箱。

□かみさまのゆめ
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 神様は少年の姿形をしていた。
 真っ白な空間で、その身体には大きすぎる椅子に深く腰掛け、足をぶらぶらさせながら、私を見上げていた。


「私を男の子にしてください」


 神様は面倒そうに、肘掛に頬杖をついた。幼い顔がぷくっと膨れる。


「無理だよ」

「どうしてですか」

「だって君は女の子に生まれるべくして生まれてきたから。僕の祝福を受けて生まれてきた、僕の子供たちの内の一人だから。それを無理矢理変えることは、僕への冒涜だ」

「他の誰かに変えてもらおうとなんて、してません。あなたに変えてもらうんだから、それは冒涜でも何でもないでしょう」

「いったん決めたことを、後になってから『やっぱりやめまーす』って変更するの、カッコ悪いことだと思わない?だから嫌」

「好きな子がいるんです」


 明後日の方を見ていた神様が、ぐるっと細い首を回して私に向き直った。そして立派な装飾の椅子から身を乗り出すと、目をきらきらさせた。


「良いね。愛は良いよ」

「その子は、たぶん、好きな子がいるんです。でもそれは私じゃないんです」

「略奪愛はよろしくないなぁ」

「私、あの子が笑ってくれさえすればいいんです。私はあの子のそばにいたい。でも、恋人にはなれない。だから、友達になりたいんです」

「なるほど。でもそれだったらべつに、女の子のままでもいいんじゃないの」

「死ぬまでずっと、あの子の友達でいたいんです。女のままだったら私、きっと、何か、変な期待をしちゃいそうで。だから、ずっと友達でいられる、男の子になりたいんです」


 神様はぱちんと手を打って、それから、初めて笑った。


「覚悟はあるかい」


 神様は椅子からするっと滑り降りた。裸足の足がぺたぺた音を立てながら私に近づいてくる。
 ぽかんとしている私に向って、神様は優しく微笑んだ。


「君の中の女の子を捨てる覚悟だよ。十数年、女の子として生きてきたんだ。きっと難しいよ?」

「ほんとに、男の子に、してくれるんですか?」

「それは君次第だよ」

「ほんとに・・・あなたは、神様なんですか?」

「神様だよ。君の神様。君の想像どおりの、この世界を作った神様さ。天と地が混ざり合う混沌の中で一人、世界を作り上げた。言葉で光を生み出し、一塊の粘土から一人の人間を創って、その骨からもう一人の人間を創った。矛で海を混ぜて、君が生まれた国を創ったこともあった。この世界の命運はすべて僕が握っている。未来は僕だけが知っている。君の中の神様は、そういうもんだろ?君が強く願えばどこにだって現れるし、何だってできるよ。ところで、覚悟はあるのかい?ないのかい?」


 かくご。口の中で呟いて、私はきっと神様を見上げた。


「スカートはきません」

「そうだね」

「・・・ピンクを、封印します」

「君の好きな色だね。それで?」

「あの子が幸せになるなら」

「うん」

「なんだってできます」

「麗しき自己犠牲!良いね良いね、よし、決まりだ!」


 神様は私に屈むよう促した。膝をついた私の肩に置かれた小さな手は、妙なぬくもりがあった。


「笑いぼくろが魅力的な子だね」

「わかり、ますか」

「うん、わかるよ。だって僕は君の神様だもの。君は僕の可愛い子供だもの」


 私のおでこに、柔らかい唇が触れた。


「みんな平等だよ、僕の子供たち」









 ふと目を覚ますと、午後の授業はすでに終わっていた。ノートはほとんど真っ白で、黒板を見るとちょうど教師が不揃いな数式を消していくところだった。
 俺はノートを広げたまま、机からはみ出た自分の上履きの青いラインを見下ろしていた。そうしているうちに、教室からはどんどん人の気配がなくなっていく。
 きゅ、と、床がすれる音がした。青いラインの上履きの横に、赤いラインの上履きが並んだ。顔を上げると、俺の机の前には、一人の女子生徒が立っていた。


「帰ろ」


 俺にそう言うと、短い髪の毛をかき上げ、彼女は泣きそうな顔で微笑んだ。彼女が唇を吊り上げるのと同時に、白い肌にぽつりと浮かんだ笑いぼくろも揺れた。



end.





お題配布元:is
*  *  *  *  *
BGM:友達のうた

『あの子』の好きな人ってのは、実は主人公の女の子だった。『あの子』も主人公と似たような悩みを抱えていて、神様にお願いして、女になってしまっていた。なんというすれ違い!でも結果オーライ!っていう話を書きたかったんだよ。すごくわかりにくいよ!
男性を『あの子』って呼ぶ、ヨエコさんの曲はなんだか可愛い。

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