ゴミ箱。

□すずの兵隊
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 ある寒い夜、片足の兵隊はいつものように積み木を避けながらおもちゃ箱を抜け出し、お城に向かおうとしていました。紅い絨毯の上へと飛び降りた片足の兵隊は顔を上げ、はるか高い場所にある窓を見上げました。ガラスは真っ白に曇っていて、空も星も月も見ることができません。


「何をしているの?」


 片足の兵隊はびっくりして、声のした方を向こうとしました。しかし片足の兵隊は絨毯に転がってしまいました。びっくりしすぎて上手く振り向けなかったのです。


「大丈夫?」


 声をかけてきた人形が片足の兵隊に手を差し出しました。その手を握ろうとして、片足の兵隊ははっとしました。片足の兵隊に手を伸ばすその人形は、あの踊り子だったのです。
 兵隊は慌てて尋ねました。


「踊り子さん、きみ、パーティーに出なくていいのかい?」

「もちろん出るつもりよ。ちょっと散歩しに来たの。今夜は最後の曲だけ、いつもどおりに踊るわ」


 つやつやした両手で兵隊の腕を取り、踊り子は笑いました。


「変な顔。どうしたの、気分でも悪い?」


「いや・・・だって、きみはいつも、あのお城のホールで踊っているだろ。ぼくは踊っているきみしか知らないから。お城以外の場所できみを見たことなんてなかったから。だから、驚いてしまって」

「そうね。わたし、お城を出たのは今夜が初めてなの。ねえ、あそこには何があるの?」


 先ほど片足の兵隊が見上げていた窓を指さして、踊り子が尋ねました。
 片足の兵隊は困ってしまいました。窓を見上げるのに特別な理由なんかありません。もじもじとうつむき、片足の兵隊は小さな声で言いました。


「何も、ないよ」

「ふうん」


 頷きながら、遠くから響くバイオリンの音色に合わせて、踊り子はワルツのステップを踏みました。踊り子は見えないパートナーの肩に手を置くようにして、すいすいと泳ぐように踊りました。片足の兵隊は思わずほうと息を吐いてしまいました。こんなに間近で踊り子が舞う姿を見ることができるなんて、彼は夢にも思っていなかったのです。
 真っ赤なドレスをひらりと揺らして、踊り子は足を止めました。


「そういえばあなた、いつもダンスホールにいるのに、踊らないのね」

「ぼくは、踊れないんだよ。こんな足だから」

「あら、決めつけるのはよくないわよ。ほら」


 突然踊り子に引っ張られた片足の兵隊は、引きずられまいと慌てて彼女の動きに合わせました。
 ぴょんぴょんと跳ねるようにして必死で踊り子についていくと、踊り子は白い顔をほころばせました。


「あら兵隊さん、お上手じゃない」


 片足の兵隊はなんだか嬉しくなって、くるりと回る踊り子の手を取りました。


「そうかな」

「もちろん。ねえ、踊るのって楽しいでしょう?」

「ああ、夢みたいだ。きみとこうして、踊ることができるなんて」


 踊り子も片足の兵隊の手を握り返し、再びステップを踏み始めました。片足の兵隊はもう片方の手をそっと彼女の腰に回そうとしました。
 その時です。


「おい!どこをほっつき歩いているんだ!」


 低い怒鳴り声に驚き、二人はぱっと手を離しました。
 甲冑から僅かに覗く目を吊り上げたブリキの兵隊が、大股でこちらに歩み寄ってきます。片足の兵隊はそっと後ずさりました。片足の兵隊は立派な甲冑をがしゃがしゃ鳴らして城内を闊歩するブリキの兵隊のことが、少しだけ苦手だったのです。
 ブリキの兵隊はちらっと片足の兵隊を見て、すぐ興味を無くしたように踊り子の方を向き、彼女の肩に手を乗せました。


「探したんだぞ、フロアのどこにもいないから。さあ、次の曲が最後だ。皆がおまえを待っている。行こう」


「あら、もうそんな時間なの」


 ブリキの兵隊に連れられて、踊り子は急ぎ足で城へと向かいました。一度だけ振り返って、片足の兵隊に別れを告げた踊り子は、あっという間にお城の中へと消えて行ってしまいました。
 ストーブの薪がバチンと爆ぜ、その場に立ち尽くしていた兵隊は肩を震わせました。響いてくるのはバイオリンではなく、カスタネットの軽快なリズム。優雅なワルツではなく、情熱的なタンゴ。ダンスホールではきっと、真っ赤なドレスの踊り子が高々と足を上げ、フロアの真ん中で舞っていることでしょう。そう、片足で、しなやかに。
 その姿を思い浮かべ、片足の兵隊は銀色の瞳を閉じました。
ぼくのお嫁さんにちょうどいい、なんて。
 片足の兵隊は首を振り、ゆっくりとおもちゃ箱へと引き返しました。


「おやすみなさい、踊り子さん」
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