いただきもの小説

□星は今日も空にある
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エイリアのごたごたが漸く片付いた頃に、晴矢は風介を誘って崩れた研究所跡地に行ってみた。


研崎が遠慮なく爆破したものだから、中で生活していた晴矢や風介、他のメンバー達の荷物やら服やらはすっかり瓦礫の中に埋もれてしまっている。今日はそれを出来る限り掘り起こす、という名目だったの、だが。


「まあやっぱ無謀だったわな」


予測はしていたことだが、やはりそう簡単に片付く話では無く。完膚無き程にばらばらにされた元研究所、現瓦礫の山は二人程度の力ではどうにもならず、来て一時間もすればすっかり疲れ果ててしまった。崩れなさそうな部分を選んで、幾分か高い所に鎮座している大きな床まで登り、その真ん中で両手を後ろに付いて空を仰げば、暮れだしたオレンジの向こうに星の光が一つ、二つと光り始めている。横に座った風介が眉を顰めた。


「だから二人は無茶だと言っただろ」
「他の奴ら掴まんねーんだもん」
「せめてもう少し力のある…ゴッカとか、サイデンとか…」
「すーずの」


体の汚れをはたいて落としていた風介に向かって晴矢は、口調だけはふざけながら少しばかり厳しめの声でその言葉を制した。風介はそれにぐっと顔を強ばらせると、それきり俯いてしまう。ふう、という、晴矢の溜息だけが空虚に残った。




風介は、未だエイリアの頃の名前が出ていかない。




ふとした拍子に先程のようにエイリアネームで呼んでしまう。本人も気を付けてはいるようなのだが、なかなか上手くいかないようだ。無かったことにするには都合が良すぎるが、引きずるにはくだらなさすぎる過去を思わせる名前はさっさと忘れるに限ると晴矢は思うので、気が付く度に注意はしている、のだが。


二人の間に横たわる沈黙。

余りの居心地の悪さに堪えかねた晴矢が何事か言葉を発そうとすると同時に、風介がぽつりと呟いた。「本当は、」反射的に口を閉じれば、自嘲気味の笑顔が視界に映る。息を呑む晴矢に気付かないのか、風介はそっと足を体の方に引き寄せ、自身を守るように丸くなった。くぐもった声が隙間から聞こえてくる。


「私は、まだ、ガゼルでいたいのかもしれない」
「…………」
「…憧れ、に近い。私にとってのガゼルは」



自信に満ち、恐れを知らず、10人の従順な僕に囲まれて。
誰かに求められ、大切な人の役にたて、ただただ頂点を見据えていられる。


誰にも捨てられたことのない―


そこまで考えて、晴矢は思考を放棄した。栓のないことだ。考えるだけ無駄なことだ。


けれどその無駄なことに、自分も風介もどうしようもなく心惹かれる。



伏せられた風介の表情は晴矢からは見えなかったが、だいたいどんな顔をしているかは分かっていた。きっと自分も同じような顔をしているということも。


「………………」



晴矢は不意に空を見上げ、適当に目についた星を一つ、指差した。
「おい」という声に風介が顔を上げる。そこにある迷子の子供のような目に苦笑して、晴矢は示した先の星を見つめた。


「あれ、エイリア星」
「は?」
「ガゼルとかバーンとかさ、しょうがねえよ、格好良いの」


星は、大きくも明るくも無かった。広い夜空どこにでもありそうな、つまらない星だった。風介は目を凝らして晴矢が指す星を特定しようとするのだが、どれ、とははっきり分からない。
それでいいと、晴矢は思う。


「あいつらは格好よくて、強くて、憧れ、だけど、んなこと言ってらんねえよ。終わったんだから」
「………」
「…だからさ、もう帰ったって、思えばいんじゃね?自分の星に。あいつらは」
「………エイリア、星に?」
「エイリア星に」



すっかり暗くなった空と明るく輝く星を見つめて、晴矢は仰向けになってみた。視界いっぱいに星空が広がり、樹海の空気が澄み切っているのを知る。あのどれか一つにいるつもりになっていただなんて、やっぱり少し滑稽な過去だ。忘れたほうがいい、縋るには馬鹿馬鹿しい、過去だ。目を閉じて大きく息を吸っていると、不意に横の存在が動く気配がした。立ち上がったと思ったら、頭にふんわりと触れる感覚がくる。

上目で伺えば、風介の体が頭同士をくっつけるようにして横たわっているのを見つけた。
白い手が、ゆらりと夜空に伸ばされる。黒を背景により一層華奢に見える腕に晴矢は薄く目を細める。風介の声は泣き出す寸前のように震えていた。


「…どれだい、エイリア星」
「…忘れた」
「…そう」



笑いたいのに、泣きそうになっている風介の顔が、晴矢には容易に想像できた。何だか自分も泣きそうになりながら、晴矢は星に目を凝らす。


例えば今空からUFOが訪れたなら分かりやすくていいのに。晴矢の中のバーンと風介の中のガゼルを連れて、宇宙へと去っていってくれればいい。けれどそんなことは絶対に無くて、眩しい過去は二人を苛む。晴矢はぐっと唇を引き結んだ。


しかし、負けて堪るか。



頭上で揺れている右手を、何の前触れもなく自身の左手で掴む。驚いた風介が抵抗するよりも先に、その顔の横に放られていた左手も己の右手で握り込んだ。細く冷たい指を自分のそれに絡ませて、逃げようもないくらい力強く握り締める。冷えた指先にほんの少しでも熱が伝わるように。



バーンもガゼルも、憧れだし格好良く見えてしまう、が、それはそれ、ただの過去だ。自分たちはつまらない人間の、どこにでもいるような中学生だが、過去に劣るようなみっともない存在だなんて晴矢は思っていない。突然の拘束に未だ思考が追い付いていないらしく固まっている風介に向かって、「なあ、」と声をかけてみた。




「バーンにもガゼルにも出来なかったこと、しようぜ」

「は、え?」

「俺お前のこと好きだから名前で呼びたいんだけど、お前どう?風介」



瞬間、手の中の温度が一気に上がったのを感じて、晴矢は思わず頬を緩めた。自分の頬も訳が分からないくらい熱いし、心臓が高鳴り過ぎて痛い。手の内に汗をかいているのを感じながら、適当な星を見つめ、笑う。







あばよ宇宙人。
アンタらはさっさとエイリア星に帰って、お互い好きって分かっときながら、つまらない意地張って争ってりゃいい。


俺らはもう行く。








「………好きにしなよ、晴矢」





声と同時に握った手に小さく力が籠められて、晴矢は声を上げて笑った。
遠いどこかにいるかもしれないバーンとガゼルに、届けばいいと願いながら。





END









*はいっ!てなわけでお待たせしました本当にすみません土下座。ねこからす様リクエストのバンガゼでございます!…ん?…バンガ…南りょ…いや、えーと…。

*何かこんな葛藤あるんじゃないかなあって、ずっと考えてたことを書いてみました。何だか南雲くんがとってもロマンチストですが、どうか大目に見てください…。彼も所詮中二です。

*お待たせしてしまった挙げ句に何やら電波な内容で申し訳ありません^^; ねこからす様、リクエストありがとうございました!これからもときどき覗いて下さると嬉しいです。

*お持ち帰りはねこからす様のみおっけーです!


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