宝物
□葉月様から
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ホワイト&!
雪が降っている。暦の上ではもう春だというのに、その寒さは和らぐことを知らない。
膝の上でバニリッチははしゃいでいるが、私はもう見飽きた外の白をカーテンで遮る。
…が。
ガッシャン!パリン!
「… … …。」
「何を間抜けな顔をしているのですか、トウコ。」
窓ガラスを割って堂々と侵入してきた非常識人は、驚いた私の顔を怪訝そうに覗き込んだ。
こんな寒い日にはそのロープが防寒具になるのか、などと1人納得する。
「何処から入って来てるのよ!」
「下がって。もう1人来ます。」
…嫌な予感しかしない。
白の景色に白のレシラムが重なる。その肩から割れた窓ガラスを経由して、私の部屋へ土足で踏み込んだのは、紛れもない彼の息子。
「…やあ、トウコ。」
「全く爽やかじゃない。」
ガラスを片付け、スリッパに履き替えて貰う。ぽっかり開いた窓は雨戸を閉めてある。暗いが、寒いよりましだ。
「…で、何しに来たの?」
「何って、キミにこれを持って来たんだよ?」
そう言ってNとゲーチスは小箱を取り出す。
Nの箱からはガトーショコラ、ゲーチスの箱からはチョコトリュフが出て来た。
「……?」
徐に壁に掛けられたカレンダーに目を遣る。…あ、そうか。
やっと気付きましたか。ゲーチスは呆れたように溜め息を吐く。
「っていうか、私ゲーチスには渡してない。」
「そうですとも。ありがたく受け取りなさい。」
私が本を片手に作ったチョコクッキーをNに渡した日から、丁度1ヶ月。…今日はまさしく。
「ホワイトデーなんて、Nも律儀だね。…貰っていいの?」
「もちろん。その代わり、両方食べて美味しかった方と観覧車に乗ってね。」
…はい?
既に拒否権はないようで、不気味な笑顔で詰め寄る2人を勢い良く押し返すも、男の力に敵うはずがなく。
しかも、見た目はどちらも店頭に並べてあってもおかしくないような出来映えだ。私は渋々、若干の期待も含めてフォークを取りに行った。
改めて席に着き、私は顔を青ざめた。
…もしゲーチスのトリュフの方が美味しかったら、私は彼と観覧車に乗るということか。
どうしよう。かといってNとなら良いのか、という訳でもない。ただ、彼とは前にも一緒に乗っているので免疫がある。
やはり、どちらかといえばNと乗る方がまだ良い。
しかし、私の嘘を吐けない性格上、ゲーチスのトリュフの方が美味しかったら全て終わりだ。
そんな、負けると解っているバトルに挑みにいくような覚悟を決め、私はその2つを一口分食べる。
「……。」
ああ、終わってしまった。
Nとゲーチスは私の口からの言葉、つまり判定を今か今かと待っている。
どうせ嘘を吐いてもばれてしまうんだ。
私は半ばヤケになって、Nに負けない位の早口で。
「両方共凄く美味しかった。特にNのガトーショコラは店で売ってるみたいだった。客観的に見れば絶対Nのが美味しい。でも…。」
恐る恐る、彼のトリュフを手に取った。
「私の好きな味は、こっち。」
「よし、じゃあ行こうか。」
「ひゃあ!?」
いきなりNに抱きかかえられ、私は悲鳴とも何とも似つかぬ声を上げた。
「全く。いちゃつくなら余所でやりなさい。腹立たしいです。」
「そうだね。それじゃあボク等はお暇するよ。」
雨戸を上げ、レシラムに乗せられてカノコタウンを飛び立つ。
「えっ?ちょっ、…どうなってるの?さっきのは…。」
Nは悪戯っ子のように笑って、
「実は、敢えて逆をトウコに教えてたんだよね。」
などと得意気に話す。
「…嘘吐いてれば良かった。」
「何言ってるの。トウコの嘘は丸解りだよ。ボクを気遣ってのことだなんて直ぐにバレてただろうさ。」
「…じゃあ。」
「どのみち、ボクの勝ちだったってことだね。」
軽く唇に触れられた唇は、雪の降る外気に反して、ほんの一瞬の温かさと甘さを感じさせた。
「全く、してやられましたね…。」
次はフランス料理で対決しようか、などと呟く。
息子とこんな風に他愛ないやりとりが出来るようになった喜びと、意中の少女をその息子にさらわれてしまった虚しさとの狭間で葛藤するゲーチスであった。