【書庫】

□余韻嫋々
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「おいおい…どうなってんだよこりゃ…」

早速ルフィの尻拭いを始めたフランキーが、複雑過ぎるロープの絡まり具合に途方に暮れた声を出す。
彼に歩み寄りながらゾロから受け取ったジャケットを羽織って、ロビンは木の上のブランコを見上げた。

「どう?」
「そうだなァ…もう解くのは難しそうだ」
「じゃあいっその事、一度外してしまった方が良い感じかしら?」
「まァ、その方が早ェだろうな」

諦めの溜め息混じりにそう答えて腰に手を当てたフランキーからは、呆れこそ全面的に滲み出てはいるが怒りの色は窺えない。
相手は船長だったり一味の中では先輩だったりする人間ではあるけれど、年齢的にはまだ己の半分しか生きていない彼らはもしかしたら彼にとってはやんちゃな弟の様なもので、この程度の事は可愛い悪戯の一つに過ぎないのかもしれないとロビンは考えた。



上はアロハシャツを羽織っただけで下は海水パンツ一枚に裸足という出で立ちに加え、本人自ら変態を自称しているものだから一見とてもそういう風には思えないが、中身を知ってしまえば彼は思いの外年相応の常識人だ。
人間とは不思議なもので、見た目に抱いた第一印象が例えどれだけマイナスであったとしても、内面を解り始めると外見の奇抜さや珍妙さは段々と気に掛からなくなって来たりする。
特に彼の場合は正式に仲間入りする前の段階で既に共闘した経験があったので、共に死線を乗り越えたという事実がその身形を自然と受け入れるのに何の問題も無かった充分な要素になった。

まあそれでなくてもこの船には普段から半裸の獣が二匹存在しているし、時折少年も二人出没したりするものだから否が応でもいつの間にか慣らされてしまって、その内にきっと彼の格好にも当然の様に何も感じなくなるのだろうなあと。
いつだったかげんなりとした様子でそう言ったのは、自分の記憶が確かならば男性陣の中では誰よりも身嗜みに気を配っている金髪の料理人だった様に思う。
嘆きにも似た響きを持って届いたその呟きに、果たして自分はその時一体何と返したのだったろうか。



「ったく麦わらの野郎…余計な仕事増やしやがって…」

やれやれといった様子で心做しか疲れて見えるフランキーは、まるで年の離れた弟達に手を焼いている苦労人の兄の様で微笑ましいとロビンは思う。
そんな彼の発言の中に今更ながら興味を引かれた単語を発見し、其処から連想されて一瞬頭を過った思い出に思わず笑いが零れ落ちた。

「あ?何笑ってんだ?」
「いえ…大した事じゃないわ、ごめんなさい。ただちょっと面白いと思って…」
「?何がだよ」

突然笑った自分を訝しむ様に片眉を上げて尋ねて来るフランキーの頭上に、実際其処には無い疑問符が浮かんでいる様に見えてロビンはまた口元を綻ばせる。

「貴方が仲間になるまでは私が一番の新参者だったから、それまでは誰が誰をどう呼ぼうと別に気に留めた事も無かったんだけど…」
「…けど?」
「貴方の船長になった今でも、貴方にとってルフィは『麦わら』のままなのねと思ったのよ」
「あー…」

可笑しさを堪え切れずに言葉尻で再び少しだけ笑ってしまうと、合点が行った様子で小さく声を上げた彼は何処かバツが悪そうに頭を掻いた。

「最初にそう呼んじまったからなァ…そん時ゃあまさかおめェらと一緒に来る事になるたァ思ってもみなかったしよ。何つうか…今更じゃねェか?」
「…そうね。良く解るわ、その気持ち」
「あ?」
「今更、と思う気持ちよ。少し前の私も、そうだったから」

完全に手が止まっている相手に動作だけで作業を続けてくれる様に促せば、その意を的確に汲んだらしい彼はその長身を生かして難無くブランコを掴む。
そして板の裏側できつく結ばれているロープの結び目を怪力で解きながら、同時にロビンの話にも耳を傾けようという姿勢を示してみせた。

決してあからさまに催促したりなどはしないけれど、話したいならちゃんと聴いているから話せば良いという彼のスタンスは、話す側に気負わせない為の然り気無い優しさの表れなのだと知っている。
嫌われ者と言われてはいたが実際の所は年齢や性別に関係無く広く慕われていた彼が、根っから兄気質の人間なのだという事を改めて再認識するのはこういう時だった。

「…貴方はサニー号と共にこの一味にやって来たから知らないでしょうけど、メリー号の頃は私、ルフィ以外の事は誰も名前で呼んだ事が無かったの」
「へえ、そうなのか?」
「ええ、一度もね。その当時の私にとっては、別に大切な事じゃなかったのよ」
「名前を呼ぶ事がか?」
「と言うよりは、名前というもの自体がと言った方が良いかしら。中には勿論例外もあったけど…個人的に子供の頃から、名前には余り良い思い出が無かったから…」
 
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