【書庫】

□余韻嫋々
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そう言えば。
一緒に連行される事になった海列車の車内に始まりメリー号で脱出を果たすまでの間、自分と一番長い時間行動を共にしたのは当時まだ仲間ではなかったこの男だった。
過去のトラウマに雁字搦めにされてルフィ達を頑なに拒む自分に戻る様にと言い聞かせ、自分達に賭けると言って古代兵器の設計図を燃やしてみせた彼には、あの島に居る間だけでも何度も命を救われたし一味入りしてからも幾度となく助けられて来た。

他人に感情移入し易くて涙脆く、初対面の人間の為に泣いて同情したり共感したり。
その日初めて会った相手でも気に入れば簡単に懐に入れて、命懸けの戦闘にも身を置いたりする。
口や態度からは乱暴な印象を受けるけれど、実は老若男女に分け隔てなく気配りの出来る人間で。
コックとはまた違う紳士な一面を持っていて、大人の男の対応の仕方だってちゃんと知っている。

彼は己が仲間と見做した人達の為ならば、命を張ってでも守り通す覚悟が出来ている程相手の事を大切にしている人間だ。
水の都に置いて来た子分達や妹の様な女性達、市長である兄弟子や嘗て師匠の秘書だった実は人魚の女性駅長にその孫娘達、そして勿論この一味の面々の事も。
そんな事は解っている。
そう、解っているのだ。
解っては、いるのだけれど──。



「…もしそうだとしたら、嬉しいわ。でも、今の言い方だとあれね」
「あ?」



たった一言、確実にくれると解っている言葉を求める程度の些細な我儘くらいなら。



「貴方はその中に入ってくれてないのね」



別に言っても、構わないでしょう──?



「……はあ!?」
「仲間になってもう大分経つのに…貴方より新参者だって居るのに。悲しいわ…」
「お、おい…」

口元に手を当てて態とらしく俯いてみせると、解っているだろうに少し焦った様な雰囲気が伝わって来てつい笑いそうになる。

「あー…あれだ」
「……」
「あれだよ、おめェ」
「なァに?」
「…ってるぞ、おれも」
「え?」
「あー!だから、おれもちゃんと入ってらァ!」

自棄になって声を張り上げるという解り易い照れ隠しに堪えが利かず、今度こそ笑ってしまったら頭上に舌打ちが降って来たけれど、そんなポーズなど今は余計に笑いを誘うだけだ。

「だったら、今度からはロビンと」
「あ?」
「貴方も、ただロビンと呼んで頂戴。ニコ・ロビンじゃなくて。毎日フルネームで呼ばれるのは嫌よ」
「……おう」

自分の申し出に対して同意を得られるまでに結構な間が空いた事に、再び噴き出しそうになるとそれを察知したフランキーは再度舌を打ってガリガリと頭を掻く。

「そんなに難しい事かしら?」
「あのな…さっきおめェが言ったんじゃねェか」
「え…?」
「…それまでの呼び方を変えるのにはちゃんと理由があって、だからこそ少しの勇気が要る…んだろ?」
「──それは…」



一体、どういう意味で──?



そう尋ねようとして二の句を継ぐ前に、滑り台側の船縁から突如歓声が上がった。
一気に騒がしくなった其方に揃って目を遣れば、先程から釣りをしていた三人の竿に何と殆ど同時に当たりが来たらしい。

「おいおい、いきなりトリプルヒットかよ…一体どうなってやがんだ」

群にでも遭遇したか?とぼやきながら彼らの方に向き直ったフランキーの姿に、残念ながらどうやら話は終わりらしいと続きを訊くのは諦めてブランコから立ち上がる。
喜んでいるのか焦っているのか、とにかく大騒ぎしている三人の下へと歩き出した彼の後ろから少し離れて着いて行くと、唐突にぴたりと止まった歩みに釣られてロビンもその場で足を止めた。

「フランキー?どうしたの?」

立ち尽くしたまま動かない彼の様子を訝しんで声を掛ければ、それに応える様にして大きな背中が此方を振り返る。
其処に見付けたのは日常生活では余り目にしない何処か緊張した面持ちで、まるでそれが伝染したかの様に一度跳ねた自分の鼓動がやけに大きく耳に付いた。



「あーと…おめェも一緒に手伝ってくれ」



望む声が望む言葉を口にしてくれるという、ただそれだけの単純な事。
それ故に時に得難く、だからこそ貰った時の幸せは想像以上に大きい。



「おめェなら『手』余ってんだろ?」



それを与え合える相手の事を、己の命よりも尊いと思える今の自分。
その事実が齎した唯一つの変化だけで、耳に残る余韻は、ほら──。





「ロビン」





こんなにも、心地良くて愛おしい。






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