【超短編】
□sunrise
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「おい」
「…ん」
身動ぎした為に出来た僅かな隙間から素肌を刺す様な冷気が中に滑り込んで、それを遮る様にサンジは目も開けずに感覚だけで掛けていた毛布を手繰り寄せた。
「おいって」
「んー…」
覚醒を促す低い声に条件反射的に反応は返すものの、瞼は未だに閉じられたままで持ち上がる様子は無い。
「起きろ」
「あ…?」
冷えた頬を熱い大きな掌でふわりと撫で下ろされて、漸くサンジの碧い瞳が自分を呼んでいる相手の姿を映し出す。
「…ゾロ?」
「ああ。服着たら出て来い」
簡単に寝癖が付いてしまう柔らかい金糸を一房弄んでそう言うと、男は寝呆け眼でまだぼんやりしているサンジを置いて静かに格納庫を後にした。
* * *
夜が明ける直前の仄暗い空は、その蒼さで以て世界を静寂の中に落としている。
吐く息が白く目に見える程の早朝の寒さにしっかりと上着を着込んだサンジは、猫背を更に丸めながら船首に向かって立つゾロの背中に歩み寄った。
「皆は?」
「まだ寝てる」
見ている方が肌寒さを感じて身震いしてしまいそうな常と変わらぬその姿に笑みを一つ零し、煙草を咥えて彼の左隣に立つ。
マッチを擦って火を点けると、深く吸い込んでゆっくりと紫煙を吐いた。
「ま、騒ぎ疲れだろうな」
「ああ。まだ寝かせとけ」
「お前は良く起きれたな」
「…寝てねェからな」
バツが悪そうに呟かれたその言葉に、サンジは思わず声の主を見た。
決して自分の方を見ようとはしない仏頂面の横顔が、照れているからなのだと解るからこそ込み上げて来る愛しさに、自然と顔が綻んでしまう。
「起きる自信が無ェから寝なかったのか?」
「…おれはお前と違って後でまた寝れるから良いんだよ」
「そうまでして見たかったワケ?おれと?」
「…悪ィか。大体、お前が見てェっつったんだろうが」
「そうだよ。全然悪かねェさ。あ、見ろ」
「ああ…」
「陽が昇る」
視界一面に広がる灰色の中央に閃光が走って、海と空の間をはっきりと分かつ境界線が生まれた。
蒼と緋の混じり合う世界に顔を見せ始めた陽光が、新しく迎えた年の始まりを鮮やかに照らし出す。
それを静かに眺めながら、サンジはゾロを見た。
「で、新年の抱負は?剣豪様」
「あァ?ンなモン毎年同じだ」
怪訝そうに自分を見返す男に、サンジは呆れた様に煙混じりの溜め息を吐く。
「誰がお前の人生に掲げた野望を訊いたよバカ。今年の目標だ、今年の」
その言葉を受けてゾロは考える様に少し黙り込み、やがて再び口を開いた。
「死なねェ事だ。それと、死なせねェ事」
きっぱりと告げられたその決意にサンジは一瞬驚いた様に目を見開いたが、直ぐに困った様に笑った。
「んじゃ、おれもそれで」
来年も此処にこうして、共に立っていられる様に──。
決して声にはしないそんな願いを込めて、サンジは煙草を揉み消すと目を閉じた。
end