【超短編】

□ordinary
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パタン、と救急箱の蓋が閉められる音が、男部屋に小さく響いた。

「何でお前らはそんなにもこうなんだろうなァ…」

船を壊すなと泣き付くよりも、いい加減にしろと怒鳴るよりも。
ただもう疲れ果てたと言わんばかりの呆れ口調で、溜め息混じりに憔悴して見せた方が。
実はこの男に大きなダメージを与えられるのだという事を、ウソップは知っている。

「…悪ィ」

頬やら額やらに絆創膏を貼り付けられた緑髪の男は、案の定居心地悪そうに目の前に居る自分から視線を逸らした。

「本当にそう思ってんなら、少しは喧嘩の規模を縮小する努力してくれよ」

チョッパーに借りた治療道具を所定の位置に戻して、バツが悪そうなゾロを睨む。

「…あっちが何も仕掛けて来なきゃ済む話だろうが」

拗ねた様にそう答えて口を尖らす剣士を見ながら、ウソップは恐らく正に今現在、同じ様な会話が繰り広げられている真っ只中であろうラウンジに思いを馳せた。





我らがゴーイングメリー号の男性陣最年長者二名は、良くもまあ連日飽きもせずとクルーの誰もが思わずにはいられない程、ほぼ毎日喧嘩三昧の日々を送っては揃って何処かしらに生傷を拵えている。
そんな寄ると触るとな二人なものだから、纏めて怪我の手当てをしようとすると折角鎮火した小競り合いが復活してしまう場合があり、それに辟易したドクターが思い付いたのが各人の担当分けだった。
チョッパーがサンジの担当で、手先の器用なウソップはゾロの。
怪我が大したものではない場合は、いつからかそれが当たり前になっていた。

もしこれが逆だと、実は喧嘩が後を引いてしまう場合が多い。
ゾロは元来の無口さも手伝って、チョッパーに頭から怒られると反論を内に留め置いてしまうし、サンジは自分相手に散々愚痴った後、一人で勝手に怒りを再燃させる場合がある。
チョッパーがサンジをどう丸め込んでいるのかは知らないが、試しに逆にしてみたら上手く行った。
それからはもう今の形が定着している。
ゾロが喋らないのならば、自分は喋らせる努力をすれば良いのだ。
それで束の間でも平穏が戻るなら。

大体にしてゾロはチョッパーに弱い。
そしてサンジはチョッパーに甘い。
揃いも揃って何てザマだ、息子相手に情けない、とは刀と蹴りの餌食になりたくないので流石に口には出さないが。





「あんなの単に構って欲しいだけだろォ?一々全部、真に受けんなよ〜」
「構っ──」
「過激な愛情表現の一種なんだからよォ」

ウソップは溜め息混じりにゾロを諭しながら瞼を閉じると、やれやれといった風に肩を竦めて見せた。
が、当然返るだろうと思われていた反論が一向に返って来ないのを不審に思い、思わず目を開けて目前の男を見る。
彼は、言葉では何とも形容し難い、実に珍妙な表情を浮かべていた。

「まさか…皆知ってんのか?」
「…はい?」

思わぬ言葉に、文字通り目が点になる。
知っているのか、とはもしや剣士とコックの関係についてだろうか。
だとしたら、一体何を今更この男は。
知っているも何も──。



「アレで隠してるつもりだったのか…?」
「…あー」



珍しく言い淀むゾロの様子に、ウソップは思わず笑った。
大の男を捕まえて思う事ではないが、照れ隠しに痒くもない頭を掻きながら項垂れる様は、参ったとでも言っているかの様で何だか可愛い。

「…ウソップ」
「おう」

顔を上げないまま小さく呼び掛けて来た剣士の、短髪に遮られる事無く窺える両耳が赤い。

「あいつには黙っといてやれ」
「…何を?」
「お前らが知ってるって事をだ」

そう言って頭を上げたゾロに睨まれたが、ほんのり頬を染めながら言われても全く怖くないどころか寧ろ困る。

「特に女連中に知られてるなんて知ったら、発狂すんぞアレは」

後々面倒だと言いながら嘆息したゾロを見て、ウソップはそりゃあ最もだと思った。



そう、アレは最早病気だ。
けれどそれを解っていながら相手を気遣ってやれている辺り、ゾロは大きな男だと思う。
もしかしたら挑発にも、態と乗ってやっているのかもしれない。
だとすれば自分達は、とんだお節介を焼いていた様だ。
でもな、ゾロ──。



「それは…ちょっともう手遅れかもしんねェ…」
「…あァ?」

そう告げた本人の予想以上に、情けない響きを持って声になってしまったウソップの言葉に、剣士の片眉が上がる。

「だってよォ…」
「だって、何だ」





「今日こそガツンと言ってやる、って…チョッパー言ってたぞ…?」





「……」
「……」



二人が無言で見詰め合った、その一瞬後。
ラウンジから、サンジの悲鳴が聞こえた。





end
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