【書庫】

□不変の道標
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「サンジ」





いつだって此方の予想を良い意味で裏切って、結果的には期待以上の働きをしてみせる誰よりも掴み所の無い我等が誇る船長の。
無表情よりは幾分真面目さを感じさせる面持ちで真っ直ぐに告げられた、自分が放った問いに対して返って来る答えとしては到底相応しく無いと思われる予想を裏切り過ぎなその名前に。



「そ、れはちょっと…出来ない相談ね」



彼の希望した品が遥かに自分の想像を超えたものだったお陰で素になってしまったナミは、驚きを取り繕う事が間に合わなかった為に生まれた不自然な間を埋めようと取り敢えず口を開き。
思いの外動揺を隠す事が叶っていない自分の声色に思わず開いたばかりの口を噤んで、今度こそ訪れた沈黙の中で拗ねた様に唇を尖らすルフィを唯々見つめ返した。





終始穏やかな気候に恵まれていた先の春島を出航してから、丁度二週間が経過して訪れた早急に日焼け止め対策が必要な程日差しの強い真夏日の午前中。
月の半分を費やして漸く入ったログポースが指し示す次の目的地への海域は、四季が出鱈目なグランドラインにしては珍しく順当にやって来るらしい夏島の夏で茹だる様に暑い。
見渡す限り一面雲一つ無い快晴の空から容赦無く降り注ぐ、何にも遮られる事の無い直射日光が傍若無人に猛威を奮っている船の上で。
サニー号での航行が至って順調に進んでいる事を確認する日課を朝一で終えていた航海士は、流れる汗を拭いながら一人黙々と蜜柑畑の手入れに勤しんでいた。

作業が一段落して充足感から来る溜め息を零していると、不意に近付いて来た聞き慣れている草履の音が耳に届き振り向こうとした途端突然頭に何かを被せられる。
それが無言で自分の横を通り過ぎた彼が大切にしている麦藁帽子だと云う事に気付いて、込み上げる感情のままに微笑んだナミはお礼代わりにと僅かに距離を置いてしゃがんだルフィに蜜柑を一つ投げ渡した。
正確にそれを受け取って大人しく食べ始めた船長の様子を何とは無しに眺めながら、ナミはふと彼の誕生日が間近に迫っている事を思い出しルフィに目線を合わせる様に自らもその場にしゃがみ込む。
それに気付いて手元の蜜柑から視線を上げたルフィに笑い掛ける様にして尋ねた気軽な筈の問いは、十中八九食べ物関係だろうと云うナミの予想を見事に裏切って返された彼の真剣な答えで俄かに重味を持つ事になった。



何故ならば誕生日に何か欲しいものはあるかと云う主旨の質問をした自分に対して、船長が所望する品として答えた冒頭の個人名を所有している金髪の闘う料理人は。
漸く辿り着く事が出来た彼の楽園とも呼べる奇跡の蒼に周りを取り囲まれた先の小さな春島で、こうして今も航海を続けている自分達と袂を分かったばかりだったからだ。



まるで子供の様にどうしても欲しいものが手に入るまで駄々をこねそうな雰囲気を漂わせながら、けれど無理なのは端から承知の上でそれでも本当に欲しいものを口にしただけなのだろう船長が纏う諦観の気配を目の前にして。
ルフィ本人でも持て余している様子の感情を突き付けられた自分の方こそ唇を尖らせたい気分だと思ったナミは、暫しの睨み合いの末結局先に折れて降参の意を示す様に深い溜め息を吐いた。





「あのねルフィ。気持ちは解るけど、そればっかりは誰にも叶えてあげられないの」
「……」
「知ってるわよね?」
「何で」
「何でって…だから解ってるでしょ?あんまり困らせないでよ」
「……」

頭ごなしに我儘を叱るのでは無くやんわりと諌める様に言い含めれば、益々むくれて黙った船長の確かに矢鱈と静かだった此処最近の様子が脳裏に浮かぶ。
考えてみると常に己の欲望に忠実に生きて来た典型的な猪突猛進型の彼にしては珍しく、二週間と云う長い日数を耐え抜いた事はある意味賞賛に値する行為なのかもしれないとナミは思った。

「サンジが作った出来立ての飯が食いてェ」
「私もよ」
「この船のコックはアイツじゃなきゃ嫌だ」
「皆そう思ってるわ」
「じゃあ何で今サンジは此処に居ねェんだ」
「……」
「おれがこんなにもアイツに飢えてんのに」

抑えていたものを少しずつ搾り出す様にして船長が零し始めた解り過ぎるくらいに解る言葉達は、恐らく頭では理解も納得もしていてそれでも追い付けない心が告げさせた彼の本音なのだろう。

「…それは多分ねルフィ」

今日まで口にする事を我慢して来たのだと思われるその気持ちは痛い程伝わって来たけれど、不意にナミの頭に浮かんだのはきっとルフィ以上に今一番それを口にしたいだろう人物の見慣れた顔で。



「サンジ君がアンタの所有物じゃないからよ」



真摯な表情で自分を見つめ返しているルフィから一旦静かに視線を外すと、ナミは件の男が先程その中へと姿を消した見張り台に向かって自然と目線を上げていた。


 
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