【書庫】

□余韻嫋々
2ページ/7ページ






昔は、大切な人から貰った唯一『カタチ』あるものである自分の名前すら、厭わしくて仕方無かった──。





   *   *   *





「ルフィー!!!」



怒り心頭に発するといった声色で船中に響き渡った航海士の絶叫に、一人アクアリウムバーで古い書物の一頁に視線を落としていたロビンは思わず顔を上げた。

「ちょっと来なさいあんた!!」
「ごめんなさい!!」
「良いから来なさい!!あんた達もよウソップ、チョッパー!!」
「「え〜!?」」

それを皮切りに一気に騒がしくなった甲板の様子に一つ苦笑を零し、読んでいた本に栞を挟んで閉じるとソファに置いて立ち上がる。
緑が目に優しい甲板へと繋がる扉を開けてその身を外に連れ出せば、晴天の下で太陽光を浴びながら仁王立ちしているオレンジ髪の少女の姿が目に入った。

「どうしたの?」
「あっ、ちょっとアレ見てよロビン!」

自分の姿を認めるなり勢い良く上方へと右腕を振り上げたナミに促され、片手でドアを閉めつつ彼女が指し示している方向を見上げる。
其処には吊り下げてある枝ばかりか周囲の枝葉も巻き込んで、何処をどうしたら此処まで複雑な絡まり方が出来るのか不思議な程にロープが絡まり捲り、腕の伸びるルフィか腕を咲かせられるロビンでなければ触れる事すら叶わないであろう、実に無惨な状態に陥っているブランコがあった。

「まあ…」
「ほんの数十分前まであんっなに喧しかったのに、急に静かになったから可笑しいとは思ってたのよね!そしたら案の定よ!」

大方最初は何とか自力で解こうと試みたのだろうが、それが却って悪化させる結果となり、自分達ではどうにもこうにも収拾が着かなくなってしまって、こうして大目玉を食らう事を恐れそのままにしてこっそりとこの場を離れたのだろう。
けれどその時正直に申し出ずに後から発覚した場合の方が激しい雷が落ちる事を、彼らは身を以て解っている筈なのに何故こうも毎回同じ失敗を繰り返すのだろうか。
胸の前で腕を組みながら怒っているナミが見下ろしている先には、頭にたん瘤を拵えた二人の少年と一匹のトナカイが横一列に膝を折って座っていた。

「ホンット碌な事しないんだから、もう!こんなのフランキーに一回外して貰わないと直せないじゃないの!」
「すみませんでした…」

中でも一人だけ瘤の数が多い所を見ると、今謝罪の言葉を口にした船長が主犯なのは先ず間違い無いだろうが、共犯者には何やら言い分がある様でチョッパーが恐る恐るといった様子で口を開く。

「お、おれ…何もしてねェぞナミ…」
「そうね、あんたとウソップがあんなバカな事やらかしたとは思ってないわ。でもルフィと一緒に居たでしょ?じゃあ見てたわよね?なのに何にも言わないで逃げた。私はそれを怒ってるの」
「ごめんなさい…」

噛んで含める様に落ち着いた口調で叱られて、小さな船医が素直に謝ったのを受けてナミはもう一人の共犯者に視線を送る。

「あんたもよウソップ」
「はい…ごめんなさい」
「解れば良いわ」

しおらしい態度で告げられた狙撃手の謝罪に溜め息混じりで返事をしながら、ナミが腰に両手を当てた丁度そのタイミングで頭上から低い声が降って来た。

「あーあ…こりゃまた随分派手にやったなァお前ら」

聞き慣れたその声に主の姿を探して全員自然と振り仰げば、視線の先には陽光を反射して普段よりも煌めいている金色の髪。
そしてダイニング前の手摺に寄り掛かりながら此方を覗き込んでいる彼の更に後ろから、読んで字の如く正に骨身で長身の音楽家がティーカップ片手に姿を見せた。

「おやおや、これはこれは…私、ブランコが木の上にある所なんて初めて目にしましたよ」
「そりゃ奇遇だな。おれもだよ」
「とは言っても私、骸骨だから目は無いんですけど!」

ヨホホと笑うアフロな骨人間の一人ツッコミを完全にスルーして、コックはただ咥えていただけの煙草に火を点ける。
そのまま思い切り吸い込んで宙へと紫煙を吐き出した彼の名を、航海士が呼んだ。

「サンジ君、今日この三人おやつ抜きね」
「オッケー、ナミさん」
「「「えええええー!!?」」」

唐突に言い渡された思わぬ罰に、今の今まで大人しく反省していた様子の正座三人組が一斉に抗議の声を上げる。

「酷ェぞナミ!!鬼!!悪魔!!」
「それだけはやめてくれよナミ〜!!」
「幾ら何でもあんまりだぜ!!」
「うるっさい!!自業自得でしょ!!って言うかちゃんと聞いてたわよルフィ!!」
「痛ェ!!」

瘤の上にまた更に瘤を増やされた船長の姿に、くすりと笑った所を当の本人に目敏く見付けられて視線が搗ち合った。

「ロビン!!お前からもナミに何か言ってくれよ!!」
「ロビ〜ン!!お願いだよ〜!!」
「頼むロビン〜!!」

先頭を切って訴え掛ける相手をロビンに切り替えたルフィの言動を受けて、彼と同様に何としてもおやつに有り付きたいらしい残りの二人も矛先を此方に変えて来る。
一気に三人に文字通り縋り付かれて一体どうしたら良いものかと思案していると、地下のソルジャードックへと繋がっている芝生甲板中央のハッチが勢い良く開いた。

「おめェらさっきから何ギャーギャー騒いでんだ!うるせェな!」

仕事になりゃしねェとブツブツ言いながら甲板に姿を現したのは、未だ手着かずのままで可哀想な状態のブランコを設置した張本人である船大工で。

「あ、これから一番苦労する人のお出ましよ」
「あァ?」
「アレ見てフランキー」

ナミの指先に促されて示された方向へと視線を移した彼は、其処で漸く初めて騒動の理由を知って呆れた様に溜め息を吐いた。

「なんだありゃ…どうやったらあんな面倒臭ェ状態になるんだよ…」
「知らないわ。ルフィに訊いてよ」
「やっぱおめェか麦わらァ!」
「ごめんなさい!」

何だかどんどん人が集まって来る様子を間近で客観的に眺めていると、展望室に籠もっていた最後の一人が芝生に降り立つ瞬間が目に入る。

「何勢揃いしてんだ?お前ら」

全く意味が解らないといった不思議そうな表情を浮かべながら近付いて来た緑髪の剣士の手には、ロビンには非常に見覚えのある濃い紫色のレザージャケットがあった。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ