○小説置き場V○

□猫に鰹節
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「みけ、散歩行くぞ」

「うんっ」

みけが一緒に暮らし始めてから、何か思い出すきっかけになればと夜の散歩が日課になっていた。

みけのためなのは勿論だけど、俺もこの時間が気に入っていたりする。

「デジカメ持ったか?」

「持った」

気になったところを写真に撮る、というのはみけのアイディアだ。

夏の夜道は、辺り一面虫の鳴き声がする。

「見て見て、黒田さん」

見せられた四角い画面に俺の寝顔が映っている。

「なんだよこれ、俺は関係ないだろ」

「あるよー、かわいいでしょ?」

「知るか」

無邪気に笑うみけがふふ、と後ろから抱きつく。

「…暑い」

「うん」

「…それに重い」

「ふふ、ごめん」

謝りながらもみけはくっついたままで、俺は目を細めて星の見えない夜空を見上げた。




みけは甘えん坊だ。

なんだかんだ寄って来ては、くっついて嬉しそうにしている。

まぁそれが嫌ではないのだが、ここ最近過度のスキンシップに戸惑っている。

「黒田さん」

ソファに座って雑誌を読んでいると、みけが後ろから抱きついて首筋に顔を埋めた。

「なに?」

後ろに手を回して髪を撫でてやると、みけがふふ、と笑った。

「いいにおい」

髪を軽く摘んでみけが鼻を近付ける。

「…くすぐったい」

小さく抗議するとみけが一瞬離れてから首筋に唇を当てた。

「っ…」

驚いて肩がぴくんと跳ねる。

「かわいい、黒田さん」

「…ばか」

みけの鼻をきゅっとつまむとくふふ、と低く笑った。

みけは俺を無防備だと言う。

それに隙がある、とも。

俺はそんな自分は知らなかった。

むしろみけが相手を油断させるのがうまいのではないかと思う。

子供のような笑顔で近付いてくるみけに、誰も警戒心なんて持たないだろう。

ソファの背に上半身を凭れかからせているみけの首筋を見つめる。

日に焼けた肌がうっすらと汗をかいている。

雑誌を閉じてソファの上に置くとみけの方を振り向く。

「…おかえし」

「ふわっ!」

はむ、と首筋を甘噛みするとみけは頓狂な声を出した。

「…うー、黒田さぁん」

悔しそうにしているみけが可笑しくて、可愛くて、こんな穏やかな日常がずっと続けばいいと思った。




「黒田さん、俺何か仕事しようと思う」

「は?」

急にそう言われて聞き返すと、みけは真面目な顔を見せた。

「黒田さんに頼ってばかりじゃ情けないし」

「…そんなこと」

たしかにみけからお金はもらっていないが、食費が二人分になるくらいで大して気にしていなかった。

「俺もちゃんと自立して黒田さんと釣り合う男になりたい」

「釣り合うって…」

なんだか口説かれているような気分になって恥ずかしくて俯くと、みけの手が頬に触れた。

「…黒田さん」

「みけ…?」

ちゅ、とみけの唇が頬に触れる。

一瞬だけ頬があたたかくなって、すぐに離れた。

「おやすみ」

ふわりとみけが笑って、先にベッドへと行ってしまった。

俺は、おかしい。

相手はみけなのに。

みけは男だし、俺よりゴツいし、それに…

言い訳をいくら探しても胸のドキドキは止まなくて、俺はしばらくそこから動けずにいた。

しばらくするとみけの穏やかな寝息が聞こえてきて、俺は引き寄せられるようにベッドに向かった。

そっと布団を捲ってみけの隣に横になると、端正な顔が無防備に緩んでいつもより幼く見える。

「…みけ」

みけの髪をそっと撫でて、起こさないようにゆっくりとみけに身体を寄せて眠った。

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