○小説置き場V○

□みけ
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雨に濡れた野良猫ほど哀愁を誘うものはない。

と思っていた。

だが訂正しなくてはならない。

雨に濡れた男も、少なくともうっかり家に招き入れてしまうくらいには哀愁漂っている。

テーブルに両肘をついて、俺がありあわせで作った料理を端から豪快に平らげていく男を見つめる。

前髪が鬱陶しくてよく見えないが意外にも整った顔をしているようだ。

「っ…げほ…」

口に詰め込みすぎて噎せている男に水を差し出すと、コップの水を一気に飲み干した。

「っは、ふー…ありがとう」

礼を言う男に目だけで頷くと改めてそいつを観察した。

無精ひげの生えた顎、がっしりした肩、作業服のようなつなぎに、脚に謎の傷跡。

「…あんた、野良か」

「……?」

意味が分かっていない曖昧な笑顔で男がこちらを見る。

「家とか、分かんないのか?」

「いえ…」

茶碗と箸を持ったまま固まってしまう男に、これ以上聞いても無駄だと諦める。

「じゃあ名前は」

名前がなくては何かと面倒なので尋ねると男がぱぁっと笑顔になった。

「みけ!」

「………みけ?」

聞こえなかった訳ではなく、みけってそりゃあ猫の毛色じゃないのか。

「みけねぇ…」

訝しがりながらもそう呼ぶとそいつは嬉しそうに笑った。




「ん…」

いつもより早く目が覚めてケータイのアラームが鳴る前にそれを止める。

「ふぁ…」

あくびをしながら背伸びをして、ふと隣を見やる。

どうやら夢ではなかったらしい。

「まつげ長…」

穏やかな寝息を立てるみけの顔を見つめながら、不思議な感覚に捕らわれる。

みけはいったい、何者なのだろう。

「んー…」

小さく唸るとみけが身体を丸めて俺の腰にしがみつく。

「ふ、猫みたい…」

笑いを堪えて髪を撫でてやると喉を鳴らしそうな笑顔でみけが顎を持ち上げた。




「おかえり、黒田(くろだ)さん」

家のドアを開けると、この部屋に越してきて初めて帰りを人に迎えられた。

「…ただいま」

少し背伸びをして自分より目線の高いみけの頭を撫でる。

「えへへ」

嬉しそうに笑うみけが無性にかわいく見える。

「あれ…みけ髪切った?」

「うん、ごめんね。ハサミ借りちゃった」

「えっ、自分で切ったの?」

よく見れば適度に短くカットされた髪は軽やかで洒落た印象だ。

「器用だなぁ」

軽くみけの髪を引っ張って見つめる。

そのままわしゃわしゃと髪を撫でると気持ちよさそうにみけが目を細めた。

「…黒田さん」

「…え?」

みけの顔が不意に間近に迫る。

「ちょっ…」

そして、顔の横を過ぎ肩口にぽすんと顎を載せられた。

「髪、触られると眠くなっちゃう…」

「…あぁ、そう」

不覚にも身構えてしまった自分が恥ずかしくなる。

「ほら、こんなとこで寝てないでベッド行くぞ」

「うーん…」

大きな図体でのし掛かられ脚がよろめく。

「ッ…ちゃんと、歩けって…」

なんとかベッドのそばまで行ってみけの肩をぽんぽん叩く。

「うーん、黒田さぁん」

「っわ…!」

寝ぼけたみけが倒れてきて勢いよく背中がベッドに沈む。

「もー…重い、って…」

「ぅー…」

みけは退くどころか頬に擦りよってきたり脚を絡めてきたりした。

「ほんっとにもー…」

夕食もまだだし風呂にも入ってない。

明日も仕事だから起きなくちゃいけないのに。

「しょうもないヤツ…」

悪態をつきつつも、みけの体温が伝わってきて、耳元で聞こえる寝息がやけに心地いい。

「みけ…」

みけの頭を抱いてふと目を閉じると、俺は久しぶりに深い眠りについた。

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