唯と梓の部屋

□歌に込めた想い
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「あの・・・梓ちゃんも食べていく?」
「あー、うん。そうだね。ちょ、ちょっと待ってて。」
憂に生返事をしながら。

私はぎりり・・・と唯さんを睨む。
「『唯先輩』?・・・ちょーっとお話が。」
睨んだまま、ちょいちょいと手招きをする。
唯さんはおびえた瞳で、おそるおそる私の方へ。
私はがばっ!と唯さんの首を抱えると。
憂には聞こえないように小声で囁く。
「で?・・・どういうコトですか?説明して下さい。」
「どどど、どういうコトって・・・べべべべ別にヤマシイコトは何も・・・」
「目を泳がせないで下さい。ほんとに疑いたくなるじゃないですか。」
唯さんは若干涙目で。
「え、えっと、大学が休講になって暇だったから、ゴロゴロしてたら、憂から電話があって、『何か食べたいものある?』って。」
「そんで、おでん!って答えたら、いつの間にかこの有様に・・・。」
・・・まぁ、相手が唯さんならこのくらいのコトは起こっても仕方ないのかもしれない。
「で、憂には私達のコト、言ってあるんですか?」
「へ・・・?」
「て、てっきり梓の方から言ってあるのか、と・・・。」

・・・うーん。
ちらり、と憂の方を見る。
憂は無邪気な笑顔で「何?何?」って感じで首を傾げる。
この姉妹の今までを考えたらしょうがないっちゃしょうがないんだけど。
・・・おかしくない?恋人の私がいるっていうのに。
でも、だからと言って、軽音部の仲間の憂に「唯さんには私がいるの!もう来ないで!」っていうのも、なぁ。
私はもう一度声を潜めて。
「・・・仕方ないですね。でも。」
「ごはんだけですからねっ!その先に進んじゃダメですからねっ!」
唯さんはニヤニヤしながら。
「もしかして梓ってば・・・ヤキモチ?」
私は無言でぎゅうう・・・と唯さんのほっぺをつねる。
「わ、分かってるよぅ・・・憂は妹だし、愛してるのは梓だけだから、ねっ!」
うっ・・・。
結局、私はこの人の『愛してる』という言葉と甘えた瞳に抗う術を持っていない。

「お、おいしーい!」
ぱぁぁぁ・・・私は幸せの声を上げた。
憂の作ったおでんを3人でつつく。
「そう?良かった!梓ちゃん、いっぱい食べてね。」
もくもく。もく。もくもく。
・・・はっ!
な、なんとなく唯さんが餌付けされてしまう理由が分かった気がする。
くっ・・・くやしいけど。さすが何でもこなす完璧超人。
何一つ憂に敵う気がしない。
「憂〜。相変わらず絶妙な味付けだねぇ〜。」
すぐ横で唯さんが蕩けている。
「ふふっ。ありがと、おねぇちゃん。」
憂の優しい微笑み。
あれ?・・・なんか、私、お邪魔かな。

「あ、あつっ・・・あちち。」
「ほら、気をつけて、おねぇちゃん。・・・もう。ほっぺについちゃってるよ。」
ひょい。ぱく。
・・・なに、このシナリオに書いてあるような一連の流れ。

「ふーふー・・・はい、おねぇちゃん、あーん。」
「・・・あーん。」
「ありがとー。憂はやーさしいねぇー。」
唯さんの蕩けそうな微笑みが憂に向けられる。
胸の奥がずきん、と痛む。
「どういたしまして。・・・おねぇちゃん。」
憂が可愛らしい微笑みを返す。
心の中で「愛してるよ」って言ってるんじゃないかって思ってしまう。
やだよ、唯さん。その笑顔を憂に向けないで下さい。
あなたの一番は私がいいのに。
私、憂に勝てそうな気がしないもの。

・・・そりゃそうか。
唯先輩と私は付き合い始めて3ヶ月。
この姉妹はもうすぐ18年も一緒に過ごしていることになる。

だめ。こんな風に考えちゃだめ。唯さんを信じなきゃ。
・・・だめだよ。こんなの、ずるいよ。
だって、どんなに追いかけたって追いつかないじゃん。

がたん。私は黙って席を立つ。
「・・・ごめんなさい。私、今日はこれで帰ります。」
「え?・・・あ、梓?」
「梓ちゃん?・・・どうしたの?」
「・・・宿題、やってないの、思い出しちゃって。憂、おでん、ほんとにおいしかったよ。また明日ね。」
「え?同じクラスだし、宿題なんてなんにも・・・」
私はその場を逃げ出すように駆け出した。
「あ、梓、待ってよ。ちょっと待って!」
唯さんの声が聞こえたけど。
私は振り切って部屋の扉を閉めて全速力で駆け出した。
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